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抗老長寿

[Part1]独裁者の遺産で老化にあらがう



ルーマニアの国立研究所に年間6万人超




人は一度権力を手にすると、不老不死を追い求めるものらしい。21世紀になっても、東欧ルーマニアには、独裁者ニコライ・チャウシェスクの遺産としてアンチエイジングを研究する施設が稼働しているという。いったい何があるのか、現地に行ってみた。

研究所の診療棟で順番を 待つ人たち

首都ブカレストから車で20分、オトペニにあるルーマニア国立加齢科学研究所は、11ヘクタールという広大な敷地に診療所、宿泊施設などがそろう。


診療棟を訪れると、60代以上の患者が列を作っていた。ルーマニア中部のブラショフから2時間以上かけて来た77歳の男性は「全体的に体調がすぐれなくて、14週間治療を受けた。体の節々が痛くて杖をついていたが、もう必要なくなった」。痛みがなくても、老化防止を期待して、注射や投薬を受けに来る人たちもいる。治療を受けるには数カ月待ちの状態だという。


この研究所が、1989年の革命で処刑されるまで、四半世紀にわたって実権を握った元大統領が情熱を注いだとされる施設だ。ルーマニア政府観光局が出しているチラシには、独裁者だったチャウシェスクの夫人エレナが「不老不死の薬の開発を命じた」と記されている。初代所長を務めた老齢医学の女性研究者、アナ・アスラン(1897~1988)が、麻酔薬として使われていたプロカインに、硫黄やナトリウムなどを加えて「ジェロビタールH3」という薬剤を開発。いまも、ルーマニアにおける抗老化の研究や診療の中心的な存在となっている。

ルーマニア国立加齢科学研究所診療部長のプラダ

研究所診療部長のガブリエル・プラダ(54)は、主成分のプロカインが老化の原因として有力な「活性酸素」を無害化すると主張。ジェロビタールH3は、米国や日本では未承認だが、「効果は長い実践で裏付けられている。これで私たちは、健康長寿を実現しているのです」。年間6万超の人が来るという。


なぜ、チャウシェスクは研究所に力を入れたのか。75年から研究所の総務・経理を担当してきたという事務局長、マリアナ・ポピスタシュ(55)は、「外貨獲得の大きな手段になっていたからです。70年代には多い時で年600万ドルをもたらしました」と話す。


研究所にはアスランが手がける老化防止の治療を求めて世界から多くの有名人が訪れたという。ドイツ出身でハリウッドでも活躍した女優のマレーネ・ディートリッヒ、政治家では大統領のケネディにドゴール、画家のダリも来たと研究所側はうたっている。ポピスタシュは、「有名人が来た際は秘密警察が厳重に警戒にあたり、ごく限られたスタッフ以外は遠くから見ることすら禁じられた」と話す。

フィリピン元大統領のマルコス夫妻がアナ・アスランに贈った衣装箱

研究所を案内してもらった時、有名人の足跡を探してみた。アスランの旧居室にフィリピン大統領だったマルコス夫妻から贈られた豪華な衣装箱が置かれ、記帳ノートにはグアテマラ出身のノーベル文学賞作家アストゥリアスらのサインがあったぐらいだった。


一方、チャウシェスクがどこまで不老長寿を求めていたのか。関係者たちは一様に「よく分からない」と口をにごした。プラダは「当時は秘密警察が力を持っていて、多くが謎のままです。89年の革命で多くの資料が散逸しました」


ただ、チャウシェスク夫妻が健康に気をつかっていたのは有名だったようだ。1985年までの7年間、ルーマニアに留学した国際政治学者で、静岡県立大教授六鹿(むつしか)茂夫(60)は、「夫妻は健康にいいとされる自然水をヘリコプターで運ばせていた」と話す。

チャウシェスクが建設を命じた広大な「国民の館」

ところが、80年代になると、研究所は予算を大幅に削減された。プラダは「真偽のほどはわからないが」と前置きしつつ、「エレナも科学者だったから、同性のアスラン博士に嫉妬をしたという説がある」と語った。


革命後の混乱期を経て、ようやく最近、診療収入や宿泊料収入などで状況が安定してきたという。そして昨年から、政府観光局もチャウシェスク夫妻の話を前面に出しながら、アンチエイジングツアーを日本向けに売り出している。「独裁者というキャラクターはPRに使える」と政府観光局。ただ、「独裁者は印象が良くない面もあるので……」と不安も。不老不死を求める独裁者のイメージは、今も生き続けているようだ。


(文中敬称略)


(次ページへ続く)




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