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異分野との出会い

[Part1] アラビア書道を語る――「西洋とも日本とも異なる自然観」本田孝一(大東文化大学教授)

 


 

書は漢字文化だけのものではない。西洋にはカリグラフィーがあり、イスラム世界にはアラビア文字の書道がある。日本の書に魅せられる外国人もいる。

 


 

2007年の国際アラビア書道大会で、日本人が4人も入賞しました。イスラムとはあまり縁のない日本からなぜ、と関係者に驚かれました。


いまカルチャーセンターなどでアラビア書道を学ぶ人は300人ほど。毎年少しずつ増えています。ほとんどは、始めるときにはアラビア語が読めない。文字の形の美しさそのものにひかれた、といいます。私は、その感受性は日本人が小さい頃から書道に親しんでいることで培われたと思います。


西洋のカリグラフィーは、角度が何度、太さは何ミリという幾何学の世界。一方、日本の書道は自然の流れと勢いを重視し、同じ作品は二度書けない。日本では自然と一体化しようとする精神文化があるのに対して、西洋では自然は征服する対象。書道とカリグラフィーは日本庭園と石造りの建築のように、それぞれの文化、自然観を反映している。


アラビア書道は中間です。毛筆でなくアシや竹のペンで書家の手から生み出されるが、きわめて精密。私自身は、10世紀以上にわたって先人が積み上げてきた型に敬意を表しますが、それをただ踏襲するだけでは意味がないと考えています。


アラビア書道の背後にある自然観は何か。西アジアは炎熱の砂漠の文化。自然に対し一体化も征服もできません。逆に人間は弱いものとして自然から逃げようとする。その結果、自分の内面に自然に代わる支えを見つけようとする。そこにイスラムの発生を見ることができます。アラビア書道は、絵画などと違い抽象的な文字の中に、第二の自然を見つけようとする営みです。


アラビア書道は単なるアートではありません。描くのが神の言葉で、文字には神聖さを持つだけの美しさが必要だとされる。書家はその実現に一生を捧げます。書法を確立した9~10世紀の書家イブン・ムクラはこう言っています。「書道とは技術である。しかし、それは肉体という道具で表される魂の技術である」

 

砂漠や宇宙などのイメージを取り入れた作風は、世界で高く評価されている

 

 

 

イスラム美術で特別な位置

イスラム教の聖典コーランはアラビア語で書かれている。声に出して読んだときの美しさが神の言葉である証拠ともされ、翻訳されると聖典とは認められない。イスラムにとってアラビア語が特別な意味を持つゆえんだ。偶像崇拝が禁じられたこともあり、イスラム美術でアラビア文字による書道は、絵画や彫刻以上に重要な位置を占めている。


7世紀半ば以降、ウマイヤ朝、アッバース朝など広大なイスラム帝国が現れると、記録のため様々な書体が考案された。最初は角張った形だったが、丸い筆記体が加わり、イランでは独自の流れるような書体が生まれた。現在の東南アジアやトルコのように公用語がアラビア文字を使っていなくても、イスラム教徒はコーランを通じてアラビア語を学び、書道に親しんできた。


だが近代化にさらされた20世紀前半には、師範として弟子を育てるような書家は数えるほどに。このため、イスラム諸国会議機構(OIC)のイスラム歴史・芸術・文化研究センター(IRCICA、本部イスタンブール)は書道振興のため、1986年からほぼ3年に1度、国際書道大会を開いてきた。


事務総長のハリト・エレンは「大会のおかげで、各地の書家の情報が集まるとともに、この四半世紀で70人の師範が育った。彼らはIRCICA世代と呼ばれており、今後のアラビア書道発展の推進力となるだろう」と話している。

 

  IRCICAのアラビア書道の教科書から

 

ほんだ・こういち

1946年生まれ。東京外国語大学アラビア語学科卒。90年に国際アラビア書道大会で奨励賞。2000年にトルコの大家ハッサン・チェレビからイジャーザ(師範免状)を受ける。作品は、大英博物館などの各国の美術館などに収蔵されている。

 

 

(平田篤央)


(文中敬称略)

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