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米国から欧州へ

[Part2] 神話――シンプル・高価 年1300万冊売る魔術

 

米国や欧州で書店、雑貨店をのぞくと、店先の目立つ場所に、黒い表紙にゴムバンドがついた、シンプルなノートが並んでいることが多い。イタリアの新興ブランド「モレスキン」だ。

 

ポケットに入る小さなサイズでも2000円近くと値が張るが、最近5年は年平均26%の売り上げの伸びを記録し、2010年には全世界で約1300万冊も売れた。日本でも人気が高く、モレスキンの「活用術」を書いた本まで出版された。

 

モレスキンの誕生は1997年。歴史も浅く、主に中国でつくられるこのノートがなぜ、高価格にもかかわらず、爆発的に売れているのか。

 

米シカゴ近郊に住む写真家アーマンド・フラスコ(49)に会った。友人からもらったモレスキンが気に入り、2004年に軽い気持ちで、活用法を紹介するブログ「モレスキナリー」を始めたところ、1日の閲覧者が5000~7000人にのぼる人気をよんだ。07年にはアクセス数に着目したモレスキンの販売代理店が買い取った。いまでは、モレスキン社の公式ブログとなっている。

 

「モレスキンは単なるノートにすぎないが、そこに『神話』を織り交ぜた」。フラスコはそう話す。

 

「ゴッホやピカソに愛された伝説的ノートの継承者」。このうたい文句が、商品を売り込むうえで大きな役割を果たしてきた。だが、ゴッホやピカソはモレスキンそのものを使っていたわけではない。彼らのノートからモレスキンが引き継いだとされる特徴は、長方形の形状とゴムバンド、内側のポケットという比較的平凡なものだ。ここにフラスコのいう「神話」がある。

 

イタリア・ミラノ。モレスキン社は古びたビルに入っていた。看板はなく、コンクリートの柱には落書きが目立つ。だが、ひとたび足を踏み入れると赤、黄、紫と原色で彩られたオフィスが広がる。部屋の仕切りは透明で、フロアが見渡せる。

 

ゴッホらが使っていたものに似せたノートを売り出すことを思いつき、1997年、小さな出版社からブランドを旗揚げした副社長マリア・セブレゴンディ(62)が言う。「製品に『物語』があることが重要なのです」

 

モレスキンを広げるセブレゴンディ photo : Aoyama Naoatsu

「かつて、人びとのアイデンティティーは国家や家族といったものと深く結びついていた。しかし、自由に動き回れるいま、携える『もの』こそが、その人の個性を規定し、情緒的な面を詰め込む存在になりつつある」。誰もが自由奔放なピカソになったような気持ちに錯覚させてくれるノート、ということだろうか。

 

マスメディアへの広告に頼らずに、15年足らずで世界中にブランドを定着させた。「押しつけるのではなく、利用者がブランドを作り上げ、それを共有してもらうことが大切」という。

 

その舞台はウェブ上にある。公式サイトには、ノートに写真を貼ったり、中をくりぬいてiPodを埋め込んでみたりと、愛用者が思い思いの使い方を撮影して投稿。カレンダーや、飲んだワインの記録メモなど、印刷して貼れる無料のひな型もダウンロードできる。ツイッターやフェイスブックにも商品やイベントの情報があふれる。

 

共有(シェア)――。インターネットが広げたその可能性を、モレスキンはたくみに利用してきた。セブレゴンディは言う。「フェイスブックなどの登場で、人は自分のアイデンティティーを他人と共有したいと考えるよ

 

(青山直篤・琴寄辰男)

 

(文中敬称略)

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