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米国

[Part1] 日本からも子どもが渡る「養子大国」

 

photo : Suzuki Kaori

9月の日曜日、米カリフォルニア州サンフランシスコ郊外の公園で開かれたピクニック。強い日差しの下、子どもたちが駆け回り、親たちは屋根付きベンチに座っておしゃべりに興じている。ホームドラマのような光景だが、ひとつ変わった点があった。一見して親子の人種が違う。集まった25組の家族はみな、親は米国人だが、子どもの出身国はさまざま。国際養子を斡旋(あっせん)するNPO「アクロス・ザ・ワールド・アダプションズ(ATWA)」を通じて巡り合い、家族になったのだ。

 


私が養子というテーマに関心を持ち、「養子大国」といわれる米国を訪れたのは、友人の実体験がきっかけだった。彼女は実子を持つのがかなわず、30代後半で養子を迎えることを真剣に考えた。だが訪れた児童相談所で「養子縁組は子どものため。子どもが欲しい夫婦のためのものじゃない」と言われたという。考えたすえ養子をあきらめ、夫婦2人の生活を選んだ。


米国の事情はどうか。養子は社会に広く受け入れられ、歌手のマドンナや俳優アンジェリーナ・ジョリーがアジアやアフリカから養子を迎えて脚光を浴びた。養子縁組は公的機関や州が認可した民間団体、個人弁護士などさまざまなルートで行われ、年間12万件を超える。そんな知識はあったが、実際に米国で見たのは想像を超える家族のかたち、屈託のない笑顔。驚きと若干の戸惑いすら感じた。

 


ベス・レイモンド(53)は2005年に9カ月の女の子、07年に2歳の男の子をいずれも中国から迎えた。夫は66歳。「中国は高齢の夫婦を歓迎していた」と話す。実子が3人、夫の連れ子が1人、孫も4人いる。「子育てから引退する気はなかった。32歳の長男は弟を持つという幼い頃からの夢がかなったと喜んでるわ」

 


ジル・シャイデルとロシア出身のドミトリ、グアテマラ出身のレーナ。

シングルマザーのジル・シャイデル(53)は00年に養子にしたロシア出身の男の子ドミトリ(12)と、04年に迎えたグアテマラ出身の女の子レーナ(8)を連れてきた。ジルは幼いころテレビで見たベトナム戦争の映像に衝撃を受け、「親を必要とする子がいるなら私がなろう」と思ったそうだ。「再婚もしたいけれど子育ての方が大事なの」。レーナは「グアテマラには両親と2人の姉がいる。いつかママと一緒に訪ねてみたい。私の母国には素晴らしい文化や自然があるのよ」と誇らしげだ。

 

 

国外から養子を迎えるのは、養子大国の米国でも少数派だ。ただ、国内では避妊や中絶が増えて望まない出産が減ったことや、シングルマザーに対する福祉施策が充実し、社会の偏見が薄れたことで、実の親が子どもを手放すことも少なくなった。新生児の養子縁組は希望する家庭の間で大変な競争になるという。国際縁組は子どもの出身国によっては待ち時間が少なく、思い直した実親が子どもを迎えに来る可能性は低い。国際養子を望む声は依然としてある。

 
 

 

国際縁組は、出生率が高く、経済的に苦しい途上国の子どもが先進国にもらわれるのが一般的だ。だから、日本からも米国に養子が渡っていると知って驚いた。日本は国際養子縁組のルールを定めたハーグ条約を批准しておらず、政府は海外に出る養子の数を把握していない。米国務省によると年間30~40人が米国に孤児や養子として入国している。

 

 

ATWAも日本で養子縁組を手がける「アクロスジャパン」(茨城県)と提携し、5年で49件の縁組を成立させた。多くは、日系人夫婦や一方が日本人の血を引く家庭に引き取られたという。この場合、子どもを手放すと決断した生みの母が、日本人も含めた養親候補者の中から米国人を選んだという。

 

 


代表で弁護士のレスリー・シーゲル(57)は「米国でも60年代ごろまで、養子縁組は人知れず行うものだった。今ではオープンで、社会に認知されている。日本の生母たちは、養子に理解がある社会で育つ方が子どものためになると考えるのではないですか」と言う。豊かな日本から海外に養子に行く背景の一端が見えると同時に、少し複雑な気持ちになった。

 

 


日本国内の養子縁組の実態はどうなっているのか。司法統計によると、未成年を養子にする縁組は1940年代は年間4万件を超えたこともあったが、その後は右肩下がりで、ここ10年ほどは1300件前後で推移している。うち6歳未満が対象の特別養子縁組は年間300件前後。いまの日本では制度上の呼び名通りごく少数の「特別なケース」ということだろう。

 


何らかの理由で実の親が育てられない 「要保護児童」は全国に4万人以上いて、その9割が施設で暮らしている。一方で、晩婚化、晩産化が進み、私の友人のように子どもを望んでも持てない夫婦も増えている。都内のある斡旋団体では養子を迎えられるのは39歳までで、共働きはだめ。子どもをちゃんと育てるための条件だという。 養子縁組を決めるのは大人だ。だからこそ、子どもの幸せを第一に考えるべきだろう。でも、子どもが欲しいのに手が届かなかった友人の落胆ぶりは、私のような晩婚の働く女性にとってもひとごとではなかった。家庭を必要とする子どもたちと、子どもが欲しい人たちとの間に、見えない壁があるように思えた。

 


養子という選択肢が、日本でごく普通に語られる日はくるのだろうか。

 

(後藤絵里)

 

(文中敬称略)

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