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こどもの きもちを ゆたかにする

[Part1] えほんカー、被災地を走る。子どもたちに笑顔

 

盛岡市から車で2時間ほど。岩手県岩泉町の小本地区に6月下旬、白い軽トラックがやってきた。600冊の絵本を積んだ「えほんカー」だ。


子どもたちは本選びに夢中=岩手県岩泉町の小本保育園

町立小本保育園では、29人の園児たちが出迎えた。荷台が開くと、本棚に早変わり。ずらっと絵本が並ぶ。

 

「好きなものを選んでいいのよ」。副園長の横川節子の呼びかけに、子どもたちは歓声をあげた。

 

 

「これ読みたかった」

「『ぐりとぐら』はないのー?」

 

人気のある絵本は、けんかにならないよう数冊ずつのせてある。

子どもたちが家に持って帰る1冊を選ぶと、こんどはボランティアが絵本の読み聞かせを始めた。

 

田村美智(みさと)ちゃん(3)は最前列で聴き入っていた。

震災直後、全壊した家を見て「つなみのバカヤロー」と泣いた。家族で避難所を転々とし、5月からは仮設住宅で暮らしている。母親は朝4時に起き、がれき処理の仕事に行く父親の弁当をつくる。その後、母親も働きに出る。いつしか美智ちゃんは「絵本を読んで」とせがまなくなっていた。

 

えほんカーが来た日の夜、美智ちゃんは持ち帰った絵本を母親に差し出した。「ばけものづかい」(せなけいこ/作、童心社)。読んでもらうのは久しぶりだった。

 

「子どもの本にかかわってきた自分が何もしないわけにはいかない」。岩手県八幡平市在住の児童書編集者、末盛千枝子(70)が「3.11絵本プロジェクトいわて」を立ち上げたのは、そんな思いからだ。

 

5月下旬に絵本集めを締め切るまで全国から20万冊近くが寄せられた。「何かしたいけど、何をしたらいいか分からなかった。プロジェクトを始めてくれてありがとう」。そんな手紙が添えられていることも。絵本は、被災地外の人々の心をも満たしていた。

 

末盛らは、盛岡市中央公民館と地域ボランティアの協力で絵本を仕分けし、えほんカーなどで被災地の子どもたちに配ってきた。これまで4万冊以上。「はらぺこあおむし」「ぐりとぐら」のような人気本は広く行き渡るよう気を配る。

末盛は言う。「さんざん迷って選んだ1冊を持って帰る。子どもたちの大切な1冊になるんじゃないかな」

 

末盛はかつて国際児童図書評議会(IBBY)の理事として、レバノンの戦地やインドネシアの津波被災地の子どもたちを支援してきた。今回の震災後、各国の友人から「何かできることはないか」というメールが相次いだという。

 

「被災地は絵本どころではないのでは」。被害の大きさに、そんな見方もあった。それでも末盛が動いたのは、レバノン出身のIBBY理事の言葉を思い出したからだ。「空襲で子どもたちが不安になったとき、落ち着かせることができたのは、ひざに抱いてお話を読んであげることだった」

 

えほんカーにはモデルがある。

 

インドネシアの「モーターバイク図書館」(Motorbike Library=MBL)だ。

走るMBL。運転するのはボランティアのお父さん=インドネシア・ジョグジャカルタ
 

6月半ば、古都ジョクジャカルタの郊外を訪れると、三輪のMBLが走っていた。本棚型の荷台の中には絵本が約700冊。拡声機から歌が流れている。

 

♪aku pandai karna suka membaca(私が賢いのは本が大好きだから)

 

MBLの創案者はムルティ・ブナンタ(65)。IBBY元理事で、この国で20年以上、子どもたちに絵本を広める運動を続ける児童文学者だ。

 

2004年、スマトラ沖大地震で北西部のアチェが大津波に襲われたとき、海外から義援金が届いた。絵本を通じて息長く被災者の役に立ちたい、と考えた。

 

インドネシアには人が住む島が6000もある。貧しい地域も少なくなく、学校にも満足に本がない。アチェもそう。道路事情が悪い地域も多く、オートバイで絵本を届けるアイデアを思いついた。

まず5台のMBLをつくり、ジャワ島中部地震(06年)の際、日本から届いた義援金で3台を追加した。

 

いまは被災地に限らず、幅広い地域に絵本を届けている。支援先を繰り返し訪ね、絵本を読み聞かせたり、寸劇や紙芝居を演じたり。親や教師、地域の若者にもノウハウを伝授している。

 

本の世界に入り込む子どもたち=インドネシア・ジョグジャカルタ

アチェでは、災害で親を失った孤児たちの施設を訪れた。理由もなく大笑いする子、誰とも交わろうとしない子……。ブナンタは「この子たちはまだ本を読む気分になれないのだ」と思い、ひざの上に乗せて一緒に歌をうたい、抱きしめた。

 

そして、指人形や折り紙でともに時間を過ごし、「私たちは友だち。信頼していいんだよ」と伝える。絵本はそれからだ。ブナンタはボランティアらに、「癒やしにきたなどと思わないように」と念を押した。

 

昨年、地震の被害にあったスマトラ島のパダン市では、恐怖のため自分の殻に閉じこもった女の子が紙芝居を見て笑い、周りと話し始めた。日本から贈られた紙芝居だった。ブナンタは言う。「私たちは本といっしょに愛情も届けているんです」

 

(琴寄辰男、後藤絵里)

 

(文中敬称略)

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