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[Webオリジナル] 祖先たちの見た風景

[第3回]

「我々の中にはネアンデルタール人がいる」

独マックスプランク進化人類学研究所のスヴァンテ・ペーボ氏に聞く

 

古い人骨のDNA解析で世界最先端の研究成果を次々に発表している独マックスプランク進化人類学研究所のスヴァンテ・ペーボ氏に、分子遺伝学の可能性などについて聞いた。

 

――昨年5月発表のネアンデルタール人のゲノム(全遺伝情報)解析で、現生人類とネアンデルタール人が一部の遺伝子を共有していることが分かりました。このことでネアンデルタール人への見方は何か変わりましたか。また、現生人類に対する見方はどうでしょう。

 

スヴァンテ・ペーボ氏=ドイツ・マックスプランク進化人類学研究所の研究室
photo:Kotoyori Tatsuo

ペーボ:ネアンデルタール人への見方は確かに変わった。アフリカ人を除く全ての現生人類は、ネアンデルタール人の遺伝子を平均で2%持っていた。

 

つまり、ほんの少しではあるが、我々の中にはネアンデルタール人が「いる」ことになる。となると、どうしても(ネアンデルタール人が)今までより異質なものではないように思えてくる。彼らは完全には絶滅していないわけだ。


現生人類への見方が変わったかどうかは、よく分からない。同じではないだろうか。人類の過去に対する意識、つまり「3万年以上も昔に起こったこと」、二つの種が出会ったときに何が起こったか、そこに対する見方が変わっただけだ。

 

今回の研究結果の一番の驚きは、ヨーロッパだけでなく、大陸全域の現生人類が、つまりフランスから中国、日本、パプアニューギニアまで、同じ割合でネアンデルタール人の遺伝子を秘めていることだ。

結果的にこれは中近東でネアンデルタール人と現生人類が初めて出会い、そこから種として広まっていった、という仮説を裏付ける。これが一番合理的で、単純な仮説だ。そこからネアンデルタール人の遺伝子を世界に持って行ったということだ。

 

 

――自ら手がけた1997年発表のミトコンドリアDNA解析では、ネアンデルタール人と現生人類との間に交雑はなかったと結論づけたのに、今回のゲノム解析で覆されました。どう感じましたか。

 

ペーボ:当時のリポートでも一応、「ゲノムを解析すれば『交流があった』という結果になる可能性もある」と述べている。だが、当時の結果を用いた一番合理的な仮説は「交流はなかった」という説だった。

それでも全体的な論理で言えば、二つの種は明らかに同時に存在し、共存すらしていたわけだから、「交流が全くなかった」という可能性の方が「あった」可能性よりはるかに低い。

そういう意味では、ゲノム解析の結果は非常にうれしいし、受け入れやすく、興味深い。

 

 

――なぜ、ここまで旧人骨のDNA解析にこだわるのですか。

ペーボ:子供のころは、考古学者になりたかった。子どもなら誰でもミイラや発掘に興味を持つが、私もそうだった。スウェーデンの実家の近くに、かつて原始人がいたとされている場所があり、秋の嵐のあと、木が根ごともぎ折れたところを夢中で掘って、陶器の破片などを見つけたりしていた。

 

もうひとつのきっかけは、14歳の時に、母と一緒にエジプトへ行ったこと。ピラミッドをはじめ、何から何まで非常に印象的だった。

それで学生時代、夏休みを使って2年続けてストックホルムのエジプト博物館でアルバイトをした。だが、2年目に行った時、全く同じ人たちが全く同じ時間に同じ食堂で昼ごはんを食べているのをみて、「これは自分の将来の夢とはかけ離れている」ということを悟った。

 

つまり、エジプトロジー(エジプト学)に失望した。そうして、分子遺伝学の道へ進むことを決めた。古骨を見つめることだけが人類の過去を研究する全てではない、という考えがあったからだ。

自分の関心のあるいろいろな分野の概念をなるべくまとめて使いたいとも思った。直接未来のためになる研究ということだけでなく、過去についても、新しい手段を用いて新しい情報、いままで誰も知らなかったことを引き出したいということが、学者としての原動力になっている。

 

自分にとっての新発見とは、ネアンデルタール人がどう現生人類とかかわり、実は遺伝子として生き残っている、というような発見のことだ。3万8千年前のことが100%分かることは永久にないだろうが、いまよりも情報が増えることは確かなのだから。

 

 

――分子遺伝学が人類学に与えた影響をどう考えていますか。

 

マックスプランク進化人類学研究所=ドイツ・ライプチヒ  photo:Kotoyori Tatsuo

ペーボ:ほかの手段では得られない情報を、分子遺伝学は引き出してくれる。

例えば、今回の課題のように、現生人類とネアンデルタール人は交わったのかという疑問は、20年前から議論になっているが、その答えは骨を見つめていても分からない。

分子遺伝学のおかげでようやく答えが出た。

 

そしてさらにまったく新しい発見も可能になった。

例えば(ロシア・シベリア南部で見つかり、南太平洋に住む人々と遺伝的につながりがあった)デニソワ人のように。これはいままでまったく知られておらず、古生物学的な仮説があったわけでもない発見だ。
ただ、だからといって古生物学が無意味なものになるわけではなく、分子遺伝学で得られるのは追加的な情報だ。

 

――分子遺伝学の今後の課題、可能性をどう考えますか。

ペーボ:ネアンデルタール人との関連で言うと、現生人類の中で何が変わったのだろうかという疑問が今後の課題の一つだ。つまり、絶滅したネアンデルタール人という種と比べて、現生人類の何がすぐれていていままで生き残ったのか。この先5年から10年間は、これが大きな課題だろう。

 

もう一つは、ヨーロッパや西アジアにはネアンデルタール人がいたが、中国や日本、韓国などの東アジアには、同じ時期にどういった種が存在していたのかという点だ。

いまデニソワ人という種の存在が分かったが、アジアはデニソワ人だけだったのか、それとも他にもまだ我々の知らない人類がいたのか。もう一つの大きな課題だ。

 

――あなた自身もスウェーデン人の起源を知りたいと思いますか。

ペーボ:それは知りたいと思う。ここの研究所でもスウェーデン人の起源を少しだけ研究したことがある。北スカンディナビアに先住民がいて、南から農耕とともに別の民族がやってきたというのがスウェーデン人の歴史、起源だ。農耕自体は中近東から来たものだから南東から来たのだろう。

問題は、現在の国家や国境の理解とはまったく関係ない1万年前の話だということだ。

 

 

(聞き手 琴寄辰男)

(文中敬称略)

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