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[Webオリジナル]ファーストレディーを語る

[第1回]

「いれば必ず日本のため、首相のためにプラスになる存在」

安倍昭恵さん(安倍晋三・元首相の妻)

日本の首相夫人を支えるスタッフ態勢が初めて整ったのは安倍政権のとき。夫人の昭恵さんは何を考えていたのか。(2010年3月10日、東京都内で、聞き手・梶原みずほ)

 

――首相夫人になったとき、どんな気持ちでしたか。

安倍昭恵 米国のファーストレディーに求められているような役割とは違いますが、日本での役割もちゃんとあると思っていました。政治家は政治家同士の戦いみたいのがあるけれど、夫人同士はそういうところとは違うので仲良くして、大きくいえば世界平和みたいな大きな夢ですけど、そういうことができたらいいなあと。

 小泉首相は奥様がいらっしゃらないので引き継ぎはなく、歴代総理の奥様にごあいさつに行ってアドバイスを受けましたが、40代の首相夫人だからこそできるチャレンジがあってもいいかなと思いました。

 

――安倍政権は国家公務員の専従スタッフが首相夫人を支える体制をつくった初の例になりました。
安倍 私の思いつきや発想を、元外交官の宮家邦彦さんが「首相公邸連絡調整官」として外務省との間に入り、形にしてくれました。たぶん外務省と私だけだと、言いたいことも言えなくて、向こうから「行ってください」と言われたら、「はい、はい」と引き受けていたと思いますが、宮家さんを通じて私から「こういうところに行きたい」と言うことができました。

 

――首相夫人として、どんなことをしたいと思いましたか。
安倍 最初は試行錯誤でした。ベトナム・ハノイでアジア太平洋経済協力会議(APEC)に同行したとき、ブッシュ米大統領夫人にお目にかかり、色々なお話を伺いました。米国の大統領夫人と日本の首相夫人は全然違うな、と日米の差を感じました。米国は夫人をチームが支え、ファーストレディーは「仕事」。私は子どもとかかわることが好きなので、目新しいことよりも、自分がやってきた貧困地域や養護施設の訪問など地道に続けようと思いました。
官邸での晩餐会で飾る花はほぼ毎回決まっていたので、私はフラワーアレンジも相手国の雰囲気にあわせたり、こちらの気持ちを表したりしたいと言いました。公邸の一部の部屋を公開し、海外の首脳からもらったおみやげを飾って国民に見てもらおうとも考えました。私が個人で業者にリストづくりを頼んでいましたが、セキュリティーや予算の関係で難しく、いずれも、実現する前に夫が退陣しました。
多くの方に「あれはよかった」と言っていただけるのが夫婦で手をつないで飛行機のタラップの上り下りをしたことです。日本人のイメージが変わったのかなあ、と思います。小泉さんと違う一面をアピールするのは何かと考えたとき、夫人がいるということと、若々しさだろう、と夫と二人で相談して決めました。

――選挙で選ばれていなくても公人として扱われことが多いですが、自らの立場をどのように考えていましたか。

乳児院を視察し、子供たちと触れ合う安倍昭恵・首相夫人(右)とエルサルバドル共和国のサカ大統領夫人=東京都港区で2006年10月23日、代表撮影

安倍 米国だったら、自分がやりたいか、やりたくないかにかかわらず、夫が大統領になったら必ずしなければいけない仕事がたくさんあります。日本の場合は仕事として確立されていませんから、表舞台に出ることが苦手な首相夫人はやらなくてもいいと思います。私はなりたくてもなれるポストではないので、役に立ちたいと思っていました。成果があったかわかりませんが、自分なりに一生懸命でした。

――米国もそうですが、日本の首相夫人に特別な予算はありません。
安倍 外遊などの際に着る服などを毎回個人では負担できないので、個人的に薄給で仕事をお願いしたスタイリストに借りてきてもらいました。外遊の前に服装とバッグの組み合わせなどを決めてもらってポラロイドで撮影してもらって持っていきました。首相夫人になりたてのころ、イタリアブランドのバッグを持ったら「バッグは十何万円」などとマスコミに書かれてしまい、それ以降はブランドがすぐにわかるものは一切使わないようにしました。またできるだけ日本の服やアクセサリーを身につけるようにしました。少しは首相夫人に予算がついたらいいと思います。

――他の国のファーストレディーたちとはどんな交流をしましたか。
安倍 お国柄や個人のキャラクターもあり、それぞれ違いましたが、「どういうボランティア活動しているのか」とよく聞かれました。私はミャンマーの学校づくりにかかわっているという話をしました。日本の首相夫人に普段SPがついていないことに「日本は安全な国なんですね」と驚かれたり、うらやましがられたりしました。
米国はチームの力が結集されていて、ホスピタリティーが隅々まで行き届いていました。たとえば、お食事の中身や、専属の書家が書いたメニュー、宿泊先に届けられるローラ夫人からのお花や手書きの手紙など、こういうやり方もあるのだと、勉強になることばかりでした。
夫が首相を辞めたあと、ローラ米大統領夫人とブレア英国首相夫人にはお手紙を書き、お返事もきました。私はいま、バングラディシュに女子大学をつくるという活動をサポートしていますが、ブレア夫人も関わっており、来年日本に来て講演してくれることになっています。互いにボランティアという立場で再会できるのは嬉しいことです。

――国民の目を気にしましたか。
安倍 宮家さんが官邸入りしたとき、税金の無駄遣いなどと書かれました。また、首相夫人は余計なことをせずに外遊に付き添ってニコニコしていればいい、という人も多かったのではないかと思います。急発進してみんなが引っ張られてしまうような形ではなく、「これくらいならできるかな」と様子を見ながら周囲の意識を変えていければといいと思っていました。よく「国民の目を気にしたりすることはなかったでしょう」と言われますが、実は逆で、すごく気にしていました。

――ファーストレディーとはどんな存在だと考えていますか。
安倍 女房役に尽きると思います。ある程度、ファーストレディーとしての仕事を確立することはいいことですが、首相をさしおいて何かをやるというのは、いまの日本では受け入れられないと思います。一番大事なのは首相の健康管理ですが、この点については夫人の責任だけでなく、官邸の機能としてまだ不十分だと思いました。現在は官邸に医師が常駐していますが、日々追いつめられている首相の生活は、なった人にしかわかりません。しっかりと休みをとってリフレッシュできた方が仕事はできると思います。
私は自分で車も運転するなど、主人と比べればとても自由でした。ファーストレディーといえども存在はあいまいです。小泉首相のときのようにいなくても良い存在かもしれません。だけど、いれば必ず日本のため、首相のためにプラスになると思います。私が特別なことをやったというつもりは全然ないですが、様々な活動をこっそりやるよりは、海外でも取り上げてもらったほうがいいと思います。

――専従スタッフの存在は福田政権以降、引き継がれていません。
安倍 スタッフは絶対に必要だと思います。スタッフなしで表に出ようとすると、結局、批判されてしまいます。首相のサポート役ではあっても、一国の首相夫人なのだから、戦略をもたないと国として恥をかくことになりかねない。先駆者として少しずつ道を開けたらという思いがありました。

 

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