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新たな医療機器のアイデアはベッドサイドから生まれる――。米国では、それがごく当たり前のことだ。ミネソタの医療機器クラスター(産業拠点)の重要なプレーヤーであるメイヨークリニックを訪ねた。(村山知博)
ミネソタ州で最大の都市ミネアポリスからハイウェイを約1時間半。人口9万人の地方都市ロチェスターにメイヨークリニックがある。年間34万人もの患者が全米から訪れる。医師や職員は3万2千人。米国でも屈指の巨大病院である。フロリダ州とアリゾナ州にも分院がある。
もちろん、ただ単に大きいだけではない。治療内容も充実している。2009年にはUSニューズ&ワールドリポート誌の「いい病院ランキング」で全米2位に選ばれたほどである。
病院の建物に入ると、中は広々として明るい。吹き抜けの天井が高いロビーには、ボランティアが演奏するピアノの調べが響いている。壁のあちこちには大きな絵画や彫刻が飾られていて、まるで一流ホテルか市民ホールのようだ。
記者が日本の病院との違いに驚いていると、広報顧問のボブ・ネリス氏は、当然のことのように語った。「私たちは、病院内の環境も治療の一つだと考えているのです」
メイヨークリニックの病院内に歴史資料館がある。19世紀半ばにイギリスから移住してきたメイヨー家がクリニックの礎を築いてから現在まで、150年を超える病院の歴史を紹介したものだ。
その一角に、古めかしい医療機器の模型が展示されている。「メイヨー・ギボン人工心肺装置」である。
この病院で1955年3月22日、ある歴史的な手術が成功した。重い心臓病に苦しむ5歳の少女の心臓を一時的に止め、心臓を切り開いて病巣を治療する開心術だった。この野心的な手術のおかげで少女は命をとりとめ、大人になることができた。
手術の際、少女の心臓の拍動が止まっている間、全身に血液を循環させたのがメイヨー・ギボン人工心
肺装置だったのだ。
大きさは家庭用の洗濯機を横に倒したくらい。装置の基本構造は、少女の手術の数年前にフィラデルフィアの医師ジョン・ギボンが考案した。ギボンらの心臓手術の成績は思わしくなかったが、メイヨークリニックの医師たちは「この装置は心臓病の治療に革命をもたらす」と考えて改良を重ね、安全性と信頼性を高めた。
いま世界中の病院の手術室で心臓手術を支える人工心肺装置は、このメイヨー・ギボン人工心肺装置が原点だ。メイヨークリニックは、医学の歴史における重要な一歩に貢献したことになる。
メイヨークリニックには、その創立時から脈々と受け継がれている精神がある。「すべては患者のために」というものだ。
心臓病研究責任者のロバート・シーマーリー教授は次のように言う。
「この機器を開発すれば、治療の効果が上がるかもしれない。こうすれば、患者の負担が少なくてすむのではないか。私たちは、日々、そんな意識をもって仕事をしています」
記事で紹介したように、現場の医師らからは医療機器などのアイデアが年間400件も寄せられるそうだ。現場にいいアイデアがあっても、それが現場に埋もれてしまったり、店ざらしになったりすることはよくある。ところが、メイヨーには知的財産の管理部門がそれらをすくい上げ、すべての妥当性をきちんと検討する。そのうえで、全体の4割以上が実際の治療に役立てられているという。
ベッドサイドから生まれたアイデアが、どのように医療機器に結びつくのか。その実情について、メイヨークリニック知的財産部門の責任者スティーブン・ヴァンナーデン氏に聞いた。(2010年3月1日、ミネソタ州ロチェスターのメイヨークリニックで。聞き手・村山知博)
――知的財産部門はなぜ設立されたのですか?
ヴァンナーデン 1986年にできました。そのころメイヨークリニックは、いかに収入源を多様化するべきかを検討していました。臨床のアイデアがどんどん実用化されるようになればクリニックに利益がもたらされ、ひいては、世界中の患者のメリットにもつながります。臨床のアイデアをできるだけ多くすくいあげるために知的財産部門をつくったのです。
――それ以前はどうしていたのですか?
ヴァンナーデン 無料で寄付していました(笑)。たとえば、コルチゾンという物質を知っていますか?
――副腎皮質ホルモンの一種ですね。メイヨークリニックのケンドール博士とヘンチ医師が発見し、それをリウマチ治療に応用することに成功したのですよね。もう1人の科学者とともに1950年にノーベル医学・生理学賞を受賞しています。
ヴァンナーデン そのコルチゾンも「無料寄付」したものの一つなんです。当時も今もメイヨークリニックには、「重要な発見を人類に役立てるために論文発表が大切だ」という意識があります。論文発表しかしないことも珍しくありませんでした。
――特許とか、ライセンスとか、権利関係について何もしないと。
ヴァンナーデン まあ、そういうことです。そういうことがないよう、現在では、新しい発見やアイデアがあれば、それらをどう扱うのが適切なのかを知的財産部門が判断しているのです。
――どのように判断するのですか?
ヴァンナーデン 知的財産部門は、大きく三つの部門にわかれています。特許に関する部門と、技術開発部門と、ライセンス部門です。新たな発見の特許権をどう得るのか、それを治療に役立てるにはどういう技術開発が必要か、開発された新治療法の販売をどうするのか、という点をそれぞれの専門チームが判断しているのです。
――実用化までに、どのくらいの時間がかかりますか?
ヴァンナーデン 中身によりますね。ソフトウエア関係のものだと、かなりスピーディーです。医療機器の場合は、一概にはいいにくいです。それがどのくらい複雑なのか、あるいは、体内に埋め込むものなのか、診断に使うものなのか、といった特徴によって時間は違ってきます。おおむね2年くらいでしょうか。薬の場合、もっと長い時間がかかります。
――どのくらいのアイデアが実用化されますか?
ヴァンナーデン 臨床現場から年間400件ほど上がってきます。これらのうち40%以上が実用化されているはずです。この実績は、ほかの病院や研究機関より高いのはないでしょうか。メイヨークリニックが治療に重点を置いていて、患者の利益を第一に考えている表れだと思います。
――具体的な例をあげていただけますか?
ヴァンナーデン 遠隔モニタリングシステムがあります。現在、心臓病を抱える患者の病状を正確につかもうとすれば、検査入院してもらって心電図などの臨床データを調べないといけません。患者が退院してしまえば、医師は患者の心臓の動きをつかむことはできなくなります。そこで、小さな医療機器を患者に装着してもらい、仕事をしたり、家事をしたり、日常生活を送っている間の心臓のデータを刻々と病院に送信する。そして、それを医師がリアルタイムでモニターする。そんな遠隔モニタリングシステムができないかを考えています。
――知的財産部門は、ほかの病院にもあるのですか?
ヴァンナーデン ほとんどの大きな病院にあります。けっしてメイヨークリニックが最初というわけではありません。1970年代にどこかで始まったと記憶しています。
――メイヨークリニックの医師たちは、新たな治療の開発に昔から熱心なのですか。それとも、何かのきっかけがあって熱心になったのですか。
ヴァンナーデン メイヨークリニックには数万人の職員がいます。彼や彼女らに、なにが大切か問いかければ、ほとんどの人が「患者が一番だ」と答えるでしょう。クリニック設立時から、患者の治療を第一に考える点は変わっていません。