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[Webオリジナル]インタビュー	人工臓器の現在・未来

[第3回]

「国循型」人工心臓は博物館行きの代物、なぜベストな製品を使わないのか

人工心臓専門医ラティフ・アルソグル氏


ドイツ・バードユーンハウゼンの心臓病センターは、2009年の人工心臓装着手術が115例と、日本の年間症例数(約90)を超える。ドイツの症例数の2割弱を占め、ベルリンの心臓病センターと並ぶ人工心臓の中核施設だ。機種選定などにあたる人工心臓担当のラティフ・アルソグル医師に、人工心臓医療の現状について聞いた。
(2010年2月10日、同センターで。聞き手・畑川剛毅)

 

――人工心臓の位置づけは。
ラティフ・アルソグル 心臓のポンプ機能を補う人工心臓は、心臓の機能が弱まり強心剤の投与など内科的な治療に限界が来た場合などに装着して、心臓を長持ちさせます。ドイツの昨年の心臓移植の待機者は920人、そのうち、移植できたのは347人。平均の待機日数は338日という数字が出ています。年による変動はありますが、高齢化が進み、ドナーの減少が続くなかで、待機日数が短くなることは期待できません。心臓移植までのつなぎ役(ブリッジ治療)として、人工心臓の重要性はますます高まっていくと思います。

「国循型は博物館行きの代物だ」と語るラティフ・アルソグル医師

もう一つ、最近の人工心臓は安全性が高まり、数年以上という長期の使用に耐える機種が続々と出てきました。それに伴い、心臓移植へのつなぎではなく、残る人生を人工心臓で生きることを前提にした治療(デスティネーション治療)にもたくさん使われるようになっています。65歳という年齢制限や、心臓以外の臓器が不調なために、心臓移植の対象から外れざるをえない患者向けです。

ただ、私は、本当の意味で「患者が死ぬまで安全に動き続ける人工心臓」はまだ未完成だと思っているので、デスティネーション治療という言葉は個人的に好きではありません。「長期サポートシステム」と呼んでいます。

――こちらのセンターでは、年間何人くらいの患者に人工心臓を装着するのですか。
アルソグル 短期間の体外式補助循環システムを除き、長期使用を前提とした人工心臓は昨年は115例でした。人工心臓には、心臓を全部取り出して、機械に全ての機能を代替させる全置換型人工心臓と、心臓は残したまま、機械で心臓のポンプ機能を助けてやる補助人工心臓があります。昨年は全置換型が12、補助人工心臓が103でした。

1987年から昨年まで22年間の累計が約900例ですから、いかに近年増えているかが分かるでしょう。

今年1月半ばの時点で、このセンターの管理下で人工心臓を装着している患者は119人。うち約90人が自宅で生活しています。30人は入院中です。心臓移植の待機者がこのセンターだけで約270人、うち約80人が人工心臓を装着しています。119人から約80人を引いて、約40人がデスティネーション治療の患者ということになりますね。


――機種はどのように選ぶのですか。
アルソグル メーンの外科医が3人、さらに勉強中の2人のドクターが加わって、5人で人工心臓のチームを作り、機種の選定にあたっています。

心臓の筋肉が黒っぽく変色し広範囲に死んでいて、左右の両方の心室が機能不全になっている場合は、補助人工心臓を取り付けられないので全置換型を埋め込みます。米国シンカルディア社のカーディオウエストが、臨床で使える唯一の機種です。2001年から昨年までで、15歳から74歳の患者135人に埋め込みました。全世界では800以上の症例があります。

私は、市場に出ている機種の中でベストと思ったものを、優先的・集中的に使います。補助人工心臓では、今はまず第一に米国ハートウエア社のHVAD、続いてソラテック社のハートメート2です。日本のテルモ社のデュラハートはその次ですね。

HVADは本体が140グラムと軽く、デュラハートの540グラムの3分の1以下です。血栓ができるリスクも非常に低く、安全です。手のひらに載るサイズで、専門的に言うと、手術の際に心臓の脇にHVADを納めるポケットをつける必要がありません。ほかのHVADより大きな補助人工心臓はポケットを設けないといけない。手術時間に大きく影響しますし、体への負担も違います。HVADは、小柄な日本人向けだと思いますよ。

皮膚を貫通するケーブルの太さも、デュラハートの8ミリに対しHVADは4.5ミリ。ケーブル部分からの感染症が心配ですから、なるべく細いほうがいい。さらに、コントローラーが軽く、電池が長持ちして、血流量などのディスプレーが見やすい。現状ではベストの製品です。

ハートメート2も優れた製品ですが、ポンプに取り付けるダクロンの管を手術前に加工したりする手間がかかります。手術時間に大きく影響するんですよ。

私は心臓を取り出して、HVADを左心用と右心用に二つ埋め込み、全置換型人工心臓のように使う手術を2例行いました。私だけの独自の方法で、世界で初めてのケースです。これも、HVADが小さくて、右心用にも使えるからなんです。


――日本では、デュラハートの製造承認が待たれています。
アルソグル
 07年に販売されてから08年あたりまでは優先的に使っていました。その時点でベストな製品だと思っていたからです。でも、今は主役ではありません。確かに血栓はできにくいし、長期の使用にも耐える良い製品です。ただ、小柄な人には少し大きいかもしれません。何度かポンプに問題が発生して、取り換えたことがありました。そこへHVADが出てきた。先ほど言ったような点で優れているので、昨年の後半からはほとんどHVADを使っています。

アルソグル医師お勧めのハートウエア社製HVAD

人工心臓の技術進歩は日進月歩。次々に新しい機種が現れます。このセンターは症例数が多く長年の蓄積もありますから、正確な評価を下せる医師が多い。だからいろんなメーカーから、新たに使って欲しいという要望が届きます。そのうちHVADをしのぐ製品が出てくるでしょう。そうしたら、私はそちらを使います。

ドイツでは、病院の医師の機器選定に関する権限が強く、医師が使いたいと言えばすべて公的保険が一定額まで負担します。だから、新しい機種を使われやすい環境にあることは確かです。

――人工心臓はどのくらいの価格ですか。一つひとつの値段を保険に請求するのですか。
アルソグル ドイツでは、症例ごとに保険が支払うべき医療費が定額で決まっています。医師の技術料や看護代や機器代が含まれる包括払いです。その範囲内であれば、どんな機器をどの価格で買おうが自由です。

例えば、HVADは最初に付属物を含めた1システムを18万ユーロ(約2200万円)で買えば、その後は1ポンプ5万~5万5000ユーロ(約680万円)です。もっとも、この価格は半年でポンプを30個も使うこのセンターならではの特別価格だと思います。使用数が少ない病院ではもっと高いでしょう。


――日本の臨床現場では、国立循環器病センター型と呼ばれる体外型の古いタイプの人工心臓しか事実上使えません。
アルソグル
 東京にも大阪にも行ったことがありますし、何度も日本人患者を受け入れているから知っています。国循型は、血栓が出来やすく、4週間から6週間でポンプを取り換えなければなりません。はっきり言って、世界でも最も質の悪いポンプです。正直に言えば、博物館行きです。きれいにパッケージして博物館に飾ってほしい。大型の駆動装置に体外型の拍動流ポンプというシステムもよくないし、使われている素材も古い。なぜ、あんな前世紀の遺物を日本人はいつまでも使うのですか。

このセンターで待機しているほかの国の患者に対して、アンフェアです。ドイツで使われている人工心臓を埋め込めば、ほとんどの場合、移植の緊急度は低くなり、「緊急(HU)」、「急(U)」、「移植可能(T)」と3段階あるうちの一番下のTに回り、1~2年は待ちます。国循型をつけた患者は、血栓が出ることが多く感染症の危険も高いので、ほぼ自動的にHUになり、数カ月で移植が受けられます。質のよくない製品をつけてきて先に移植を受けるのは、不公平ではないですか。しかも、日本人患者に脳死になった場合の臓器提供をお願いしても断られることが多い。臓器だけ先にもらって、自分からは出さないのは、おかしくないですか。


――日本では、海外の医療機器が遅れて日本市場に導入される「デバイス・ラグ」が指摘されています。
アルソグル
 「遅れて」ではなく、「かなり遅れて」でしょう。日本人は日本の製品が一番だと思いこんでいるのではないですか。国産品しか見ていないので、遅れてしまう。私は日本の外科医は冬眠中だと思っていますよ。

日本は極めて発展している国なのだから、医学的にも最先端を走るべきでしょう。なぜ、国循型のような、あんなに古いシステムを使い続けるのか、理解できません。世界で何が起きているか、日本の厚生労働大臣はご存じないのではないですか。

なぜ技術力のある日本のメーカーが医療機器に進出しないんでしょうか。日本にはトヨタやホンダという素晴らしいメーカーがあるのに。恐らく、メーカーが国内市場ばかりに注目し、医療機器の世界市場をウオッチしてないからでしょう。

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