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[Webオリジナル]インタビュー	人工臓器の現在・未来

[第2回]

医療機器開発、日本に欠けているものは

スティーブン・アスタリー氏 メドトロニック上席副社長

 

北はカナダに接し、東には五大湖の一つスペリオル湖が広がる米中西部ミネソタ州。その中心都市ミネアポリス周辺に、なぜ600社もの医療機器関連企業が集積するクラスター(産業拠点)ができたのか? 年月をさかのぼっていくと、この地でベンチャー企業「メドトロニック」が産声を上げた60年前に行き着く。いまやグローバル企業に成長した同社の上席副社長スティーブン・アスタリー氏に、ミネソタ・クラスターのパワーの秘密を聞いた。
(2010年3月4日、米ミネソタ州ミネアポリス郊外のメドトロニック本社で。聞き手・村山知博)

 

――医療機器はどのようにして生まれるのですか。

メドトロニックのスティーブン・アスタリー上席副社長

スティーブン・アスタリー 我が社の60年を振り返って言えるのは、売り上げトップ100の商品のうち、99のアイデアはベッドサイドの医師からもたらされるということです。それをエンジニアがベンチ(研究室)で形にした後、またベッドサイドに戻されてテストされます。医療機器の新しいアイデアのほとんどは病院で生まれるわけです。新たな発見のほとんどが研究室でなされる医薬品業界とはそこが決定的に違う。


――心臓ペースメーカーも、そうして進歩したと。
アスタリー アール・バッケンという人物と仲間が60年ほど前、医療機器の修理会社をつくったのが我が社の始まりです。そのころ、ミネソタ大の付属病院では心臓外科のウォルトン・リリハイ博士が、患者の心臓を切り開いて手術する「開心術」に取り組んでいました。手術後に心臓が正しく拍動しない患者には体外型の心臓ペースメーカーが必要でしたが、当時の機械は大きいうえに外部電源が必要だったので使い勝手が悪かった。使いやすい心臓ペースメーカーができないものかというリリハイ博士の要請を受け、バッケンたちがメトロノームの電気回路図を参考にしてつくったのが水銀電池を使う小型の心臓ペースメーカーなのです。


――まさに臨床現場との連携ですね。

アスタリー 新たな医療機器の実用化には、新たな発想を提供してくれるベッドサイドとの共同作業が欠かせません。医療機器の新たなアイデアは、ベッドサイドで働く医師の頭の中にあるのです。もちろん、ただ単にアイデアを自分の頭の温めているばかりではなく、そのアイデアをみんなで分かち合いたいとか、そのアイデアを実用化したいといった気持ちがないとだめなのですが。


――ところで、医療機器のクラスターには何が必要なのでしょう?

アスタリー アメリカには、ここミネアポリスのほかにも、サンフランシスコやボストン、ノースカロライナにも同じようなクラスターがあります。これらに共通しているのは、中核となる医療機器会社が存在していることでしょう。中核企業からさまざまな企業が巣立っていくことで、その地域にクラスターができていく。ミネアポリスの周辺にある600社の関連企業をさかのぼっていくと、行き着く先はメドトロニックです。


――600社だと、人材もそうとう豊かでしょうね。

アスタリー メドトロニックには4万人ほどの社員がいて、このうち年に1000人くらいが会社から去り、1000人くらいを新たに社に迎えます。人材が他社に移り、他社から人材が移ってくるわけです。この地域の20社に私が顔を出せば、かつて我が社にいたことのある人が必ず見つかるでしょう。言葉を換えますと、私が医療機器の会社を立ち上げたいと思っても、それがインディアナポリスやダラスだったら難しい。欲しい人材が見つからないからです。でも、ここミネアポリス周辺には優秀な人材が何千人もいて、彼らは600社の中で常に動き回っています。だからこそクラスターなのです。


――日本にも、ここと同じようなクラスターができるのでしょうか。

アスタリー 日本のベンチャーマネーのうち、医療機器産業に注目しているものは少ないように感じます。そもそも、ごくごく初期のアイデアにも喜んで資金を提供する「エンジェル・インベスター」と呼ばれる存在が、私の知る限り日本にはほとんどありません。人材の流動性の面でも、ライバル会社に移ってかつて在籍していた会社と競うといったことも、日本ではあまり喜ばれないはずです。


――日本のことを、よくご存じですね。

アスタリー 以前、少しの間、日本に住んだことがありますからね。それに、いまも日本のいくつかの大学と研究面でやりとりしています。だから、私は日本の人々のことが好きだし、日本の文化も尊敬しています。ただ、日本には起業精神を貴ばない風土があると思います。例外はいくつもあるでしょうが、一般的に、会社をおこそうという人たちに報いないのが日本の文化ではないでしょうか。特に、医者の世界ではそういう気風が強いように感じます。人と違ったことをするのをよしとしなかったり、お金もうけをいやしいものだと考える武士道の名残でしょうかね。


――21世紀に武士道ですか。

アスタリー (副社長室の壁に飾ってある何枚もの写真のうち、日本人医学者の写真を指さして)たとえば、この人物がいい例です。私は彼をメドトロニックにスカウトしようとしたのですが、彼は「それはできない」と断ってきました。なぜなのか理由を問うと、彼の両親は息子が民間企業で働くことを許さないというのです。商人を最も下に置いた武士時代のヒエラルキーの名残だと思います。


――米国の風土は違うというのですね。

アスタリー (こんどはアメリカ人を撮った別の写真を指さしながら)これは私の師匠ともいえる医師です。彼は心臓カテーテルの開発をもとに会社をおこし、最終的には、その会社を売却して巨万の富を手にしました。彼のような人物はアメリカではヒーローであり、スーパースターなのです。ところが、日本では医師は「高潔な職業」ですから、大学や病院から飛び出して何億ドルもの巨万の富を手にする例がほとんどないのではないでしょうか。


――たしかに日本では、お金儲けをする人に対して、「うまいことやったな」「いかがわしいことをしているのでは」といった目で見られかねません。

アスタリー 日本ではチームの一員であることが尊ばれますが、発明というものはチームワークから生まれるのではなく、器の外に飛び出した個人から生まれるものです。これこそアメリカンスピリットと言ってもいい。アメリカでは、そういう存在は「マーベリック」(異端者、一匹狼)と呼ばれます。2008年の大統領選でオバマ氏と戦ったジョン・マケイン上院議員がマーベリックの典型例です。言いたいことを言い、やりたいようにやる彼は、本質的には共和党に属していないと見られていたからです。アウトサイダーとしての彼が称賛されたことからもわかるように、マーベリックはアメリカではいい意味で使われます。でも、出る杭が打たれる日本では、こういう存在は尊ばれませんね。


――日本では医療ビジネスをためらう企業もあります。

アスタリー かりに、いま、あなたが何らかの医療機器を身につけていて、それがうまく働いてくれないと命が危うくなるとしましょう。あなたは、その機械に壊れてもらっては困ると思うはずです。そういう意味で、医療機器の品質はきわめて高い水準が求められます。世界で660万人が我が社の医療機器を使っていますから、その品質が常に我々の最大の関心事なのです。完全無欠にすることはできませんが、私たちは、品質のトラブルを最小限にするべくあらゆる努力をしています。(品質に関する問題によって)誰かを傷つけるよりも、何千倍もの命を救うことができると信じているからです。日本人は知的で勇気がある人々ですが、こういうリスクは取りたがらないように思えます。リスクを完全にゼロにしたいのなら、まったく何もしないでいるしかありません。

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