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[Webオリジナル]インタビュー越境する数学

[第3回] 脳に潜む、数学的な構造。カオス理論で、メカニズムを説き明かしたい

津田一郎さん 北大数学連携研究センター長

 

数学の応用範囲は拡がっている。数学ともっとも相性がいいと言われる物理にとどまらず、その応用は、生命科学でも発揮されている。カオス理論により、脳のメカニズムを解き明かそうとしている津田一郎・北海道大数学連携研究センター長に聞いた。
(2009年12月16日、札幌市で。聞き手・佐藤武嗣)


――脳のメカニズムを数学的に調べようと取り組んでおられます。
津田一郎 「リンゴ」と聞いた時に、人はさまざまなものを連想します。例えば、リンゴ→ニュートン→重力→相対性理論→アインシュタインなどです。脳における連想は、どのようなプロセスをたどるのか。一度連想すると、そのパスが強くなり、脳は連想のルートを学習します。そのメカニズムに興味がありました。ある記憶の状態が、別の記憶の状態にダイナミックに遷移する。ここにカオス的遍歴があり、カオス理論に基づいて脳のメカニズムを解明しようというのが、私の試みです。これまでの脳の研究では、例えば、アルツハイマー病ではベータアミノイドが溜まりやすいといったように、物質と脳の関係を調べるのが中心でした。それに対して、脳内の電気信号の伝わり方など、ネットワークに注目したのがニューラルネットワークによる脳研究。信号のネットワークを方程式化することで解も得られ、これにより、脳に潜む数学的な構造を調べることができます。

1953年生まれ。大阪大理学部物理学科卒。日本学術振興会奨励研究員などを経て、北海道大数学連携研究センター長。専門は応用数学、複雑系科学。

このほか、推論の神経機構を数学的に解明する研究にも手をつけましたし、昨年秋から人と人のコミュニケーションの研究も開始しました。「コミュニケーション」については、人文系の研究者も、あるいは神経内科の先生も、脳との関係を研究しているが、あくまで一つの脳の研究です。

コミュニケーションによって意味生成や共感が進み、差異や矛盾のなかから新たなダイナミクスが生成されるなど、互いの脳の中ではすさまじいことが起きていると思われます。これまでの脳研究は主に1つの脳を調べていましたが、複数の脳を同時に測定して、相互作用している脳の働きを数学的に解明しようという研究を数十名の研究者を集めて開始したのです。


――津田さんは、学生時代は物理を専攻しておられました。数学と物理の違いは何ですか。

津田 物理は必ずしも論理的に正しいことが示せなくても、自然に潜む現象さえ捕まえてしまえば、それで理論が構築できる。それによって自然の本質は理解できます。これに対して、数学は論理の飛躍を一切許さず、論理的な手順に従って真理を見つけていく学問。だから、より構造を理解しようという時には、数学的定式化をやった方がいい。


――産業界でも数学に期待しているようです。

津田 大量生産で機械化すると質も落ちる。昔のように、大量生産して安い物を売るよりも、質の高いものを提供したいが、すべてが手作りというわけにはいかない。「匠」に隠されているものが何なのか、何か数学的なものが潜んでいるのではないか。それを探り出せば、質の高さの本質に迫ることができ、質の高いものを生産する法則が見えてくる。こういうことを産業界も考え始めているからではないだろうか。

もう1つは、最近になって、突発的に大きなことが起きる現象によく出会う。竜巻が起きたり、大寒波が来たり、ゲリラ豪雨が起きるなど、地球規模での現象が問題になる。また、建物や橋など、戦後の構造物も経年変化で限界にきており、予期せぬことが起こりかねない。だれもが関心を持たざるを得ない重要な問題に、いままでの科学では手がつけられない。そうしたカタストロフィックなことが起きる根本的な原理や原則が分かっていないからだ。「複雑さ」と向き合わざるを得ない時代だからこそ、そこに「理論」がほしいと皆思っている。


――科学により人間が豊になることもあれば、マイナスに働くこともあります。

津田 科学の使い方として、「完璧だ」と信じ込むのは間違いだ。常に疑いを持って使うという姿勢がなければいけない。原爆を例にとれば、核分裂を自然現象として記述するのは面白いし重要だし、科学者としては当然するべきことだが、爆弾に使うといった瞬間にそれは悪魔になる。数学や科学が持つ「美意識」とは違うモラルが要求される。「モラル」と「数学」は独立事象。だから、数学を使う側は、とりわけ社会と強い関係をもった分野においては、数学を探究するのとは別のセンスで、モラルを持たないといけない。物理学者には、自分たちが好きな物理を探究することによって、結果的に原爆のような悪魔に行き着くのではないかという恐怖感がある。特に、湯川秀樹博士らは、ラッセル・アインシュタイン宣言に呼応して、核兵器に反対する活動を行い、日本物理学会では「物理学者の社会的責任」というセッションが行われる。社会とかかわるとき、物理学の進展によっていい方向にもなるが、悪い方向にもなりうる。政治家に利用されると、とりわけその傾向が強まる。だからこそ、湯川さんたちの時代の物理学者には、政治家以上に政治力を持たなければいけないという意識もあったのだと思う。そうした認識が数学者には薄い気がする

(文中敬称略)

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