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私と数学、そして

[Part1] 

【自然】 花が咲く瞬間を数学が表現

      ハーバード大教授 ラクシミナラヤナン・マハデバン

 

―― 専攻されている「応用数学」とはどんな学問なのでしょうか。
マハデバン
 応用数学というのは数学の一部ではなく、数学より広いものだと考えた方がいいでしょう。研究はまず、「これはどうやって起きているのか」とか「この現象にはパターンがあるのか」と考えることから始まります。
細胞や核といったレベルの生物学では物理学や化学が多く応用されているが、そこにはダーウィンが唱えた進化論のように、生物学全体に適用できるような全体を結ぶ原理があるのだろうかと考えます。私たちがやっていることは、実験やデータのなかでパターンが現れる可能性を証明することです。

ラクシミナラヤナン・マハデバンさん

研究の一つには、細胞や組織のレベルでの生物学もあります。細胞の組織がどのように形成されていくのか。30フィートという長さのある小腸がどのように体の中に収まっているのか。小腸は非常にコンパクトに入っているはずだけれど、障害物ができたりしたら機能しないので非常にうまくたたみ込まれてなければならない。しかも、胎児が母体の中にいるかなり早い段階で作られている。こうした研究はメディカルスクールとの共同研究です。私がやるのは、どうしたらこういうものの巻き付き方や折れ曲がり方が起きるのかということを数学的に説明することです。共同研究で実験や理論構築をともにすることによって、私の立てた仮説で明らかに成る部分があるかどうかを見るわけです。

応用数学の分野では、実験が非常に重要です。数学者が実験室を持っていると言うこと自体が不思議な感じがするかもしれませんが、これは数学の一部ではなく、科学の一部ととらえるべきなのです。私たちは数学という道具を使う、科学者なのですから。

―― 数学の魅力とは何ですか。
マハデバン
  数学が魅力に思えるのは、もっとも経済的にものごとの説明ができるということです。効率的に説明ができるということは非常に重要なことなのです。何かを説明しようとしたとき、その現象と同じ長さの説明をしたら説明したことになりません。「アリスの不思議な国」を書いたルイス・キャロルの本に、「1マイルが1マイルで書かれている地図は何の役にも立たない。それは現実そのものだからだ」という一節がありますが、それと同じことです。

―― 松ぼっくりの研究をしているそうですね。
マハデバン
 1、2年前に子供たちと実験をしてみました。松ぼっくりを拾ってきて水に浸し、どれだけかかって閉じるのか。水から出すと、どれくらいかかって再び開くのか。閉まる方が早くて開くのに時間がかかるとわかりました。そこで、考えてみる。そもそもなぜ閉まるのか? なぜ開くのか? なぜ閉まる方が開く方より早いのか? この動きを数学的に説明することができないだろうか。
あるいは、葉や花はどのように開いたり閉じたりするのか。花が開く動きを数学的に研究したこともあります。音楽家であれば花が咲く瞬間を歌い上げるだろうし、詩人なら詩を読み、ダンサーなら踊りで表現する。それを私は数学という芸術で表現するわけです。

―― 芸術作品も研究対象にしていらっしゃいますね。
マハデバン
 絵に描かれた洋服のひだの研究をしたことがあります。ルネッサンス期に多く描かれた絵画を見ると、女性には非常にひだの多いドレスを着ています。当時は3Dも映像もなかったから、画家は人間を表現するのに、顔の表情と、ひだを多用したドレスを描いたのです。これが画家というアーティストの視点です。
私は、別の種類のアーティストとして、その描かれた洋服の張り具合を見て、何の生地なのかとか、折り目について語ろうとする。たとえば、ダビンチやデュラが描いた絵を見ると、彼らが非常に注意を払って美しいひだを描き、ディテールにこだわっているのが分かる。私はこのひだに非常に関心を持って、このひだを数学的に説明したこともあります。

マハデバン教授の研究室がある米ハーバード大のキャンパス

―― そうすると、絵の中に「数学的にはあり得ない」ひだを見つけたりできるのですか?
マハデバン
 その通り。画家の想像力が観察力を超えてしまった部分があります。そう、それこそが面白いところなのです。私の友人は、ジャクソン・ポラック(注:絵の具をとばしたり垂らしたりした抽象画で知られる)について研究して、彼の絵に出てくる模様はある程度一定していて、作り得ない模様があることを証明しました。それは、絵の具が液体だからで、一定の動きをするためです。こうした、別のレベルの楽しみというものがあるのです。

―― 一方で、実用性がなければだめだという批判もつねにありますね。
マハデバン
 こうした研究を批判する人は「それで、これは何の役に立つのか?」と聞くでしょう。でも、この世の中には音楽や絵画や彫刻など様々な芸術があります。それらは役に立つものなのか?答えは「ノー」です。でも、世の中が水道工の人たちや電気工の人たちだけで作られる必要はありません。そこには芸術も必要なのです。研究が結果として何かの役に立てば素晴らしい。でも、私を突き動かしているのは「好奇心」であって、人間は好奇心あっての生き物です。だから、役に立つのか、と聞かれたら「もし芸術文化が役に立つというのなら、これは役に立つ。もし芸術は役に立たないというのなら役に立たない」と答えるでしょう。なぜなら、こうした研究は文化のある一つのレベル、つまり、科学文化であり、数学文化と呼べるものだからです。

―― 思考の秘密を教えてください。
マハデバン
 私たちは、数学という道具を使う科学者です。具体的には、「この現象はどうやって起きているのか」とか「この現象にはパターンがあるのか」と考えることから始まります。
物理学はこの1世紀に大きなものや小さなものを観察するのに非常に大きな進歩を遂げましたが、私が特に関心を持つのは、毎日目にするものです。
たとえば、モノの折り方やしわを考えるときに、炭素の薄い層にできる折り目から人の肌のしわ、そして地球の地殻に及ぶしわまで、どのようにできているのかを説明出来る理論がないだろうか、と考えてみる。
数学とは、データを圧縮し、最も簡単でコンパクトに全体を描写する方法を考えることです。ニュートン、アインシュタインといった科学者が偉大なのは、膨大な数にのぼる現象を、非常に小さな方程式にして説明をしたからです。

―― 数学、物理学など様々な分野で同じ数式が現れたりします。なぜでしょう。
マハデバン
 自然は非常に複雑にできていて、それをさまざまな学問に区切っていくことで、人間は少しだけ理解することができる。でも忘れてはいけないのは、それらが全体を作っているということ。再びそれをくっつけなければ本当の世界にならないということです。
他の分野で同じような現象が現れるというのは必然です。自然は私たちのところに「これは数学の問題です」とか「これは物理です」とか「生物学です」とやってくるわけではない。実際には線引きは最初から存在していないのです。だから、分野を超えて同じ現象が現れたり、つながりがあるように見えたりするのはなぜか?と考えるのは逆で、常につながりがあるはずなのです。

(2009年12月14日、米マサチューセッツ州ケンブリッジのハーバード大で。聞き手・宮地ゆう)

ラクシミナラヤナン・マハデバン

Lakshminarayanan Mahadevan
インド工科大卒業後、95年にスタンフォード大で博士号。03年から現職。
07年にはシーツのしわの研究でイグ・ノーベル賞(物理学)

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