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産業との深いかかわり

[Part3]

金融危機で「主犯」説
そんなに金融工学は悪いのか?

間違ったのは、高度な数学を使った金融工学の理論そのものではないか。
米国の住宅バブル崩壊に端を発し、投資銀行リーマン・ブラザーズの経営破綻で、瞬く間に世界全体に広がった金融危機。以来、繰り返されているのが金融工学主犯説だ。

リーマン・ブラザーズの破綻は、世界の金融市場をマヒさせた=photo:AP

「悪魔的でフランケンシュタイン的怪物」(経済学者のサミュエルソン)、「金融市場の大量破壊兵器」(著名投資家のウォーレン・バフェット)。そんな非難が報じられるたび、中央大教授の今野浩は思わず反論したくなる。
「悪いのは、金融工学をかじっただけで商品化を指示した経営陣ではないのか」

今野は東大工学部で応用数学を学び、企業の経営手法などを考えるオペレーションズ・リサーチの研究者から、1980年代末、金融工学へと足場を広げ、日本の金融工学を引っ張ってきた。

以来、20年余り。デリバティブ(金融派生商品)は、株式、債券、通貨、金利、不動産へと応用が広がった。世界中から米国へだぶついた資金が流れ込み、リスクを抑えるための手法が、労せずにもうけを狙う投機の対象として膨れあがった。「もうかるならなんでもあり。そんな経営判断こそ金融危機をもたらした」と今野は考えている。

今野が強調するのは、金融工学は未解決の分野が数多くあること。そのひとつが「信用リスク」だ。米政府が救済した保険会社、AIGは、この信用リスクをやり取りする「クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)」というデリバティブを大量に引き受けたことが行き詰まりの原因とされている。

米政府に救済されたAIGのニューヨークオフィス Photo:AP

「たとえば1年後に貸した金を本当に返してくれるかどうか。これはきわめて難しい問題で、リスクをどう測るか、決着していない」と今野はいう。「つまり、金融工学の立場からすれば、信用リスクを扱った商品は怪しい商品ということになるんです」

東大大学院教授の楠岡成雄が理論を逸脱した商品とみるのが「債務担保証券(CDO)」。住宅ローンなどの債権を集めてつくった証券を再加工し、低いリスクで高い利回りをうたった商品をつくりだす。サブプライムローンは、この手法で2重3重に証券化され、世界各地の投資家に売りさばかれた。だが「証券化を繰り返すなかで、リスク管理に必要な元々の資産の情報がたどれなくなっていた」。

慶応大教授の前田吉昭は「数学には前提があって結果が得られる。『数学は絶対だから、その公式を使えば間違いない』と思いこまれがちだが、そうではない。前提や数学モデルのあてはめ方を間違えば、結果も間違う。リーマン・ショックは、それを知らしめるための警告だと思う」と語る。

もともと金融工学は不確実な未来のリスクの極小化が目的だった。主役は確率論。とくにデリバティブの価格を決める手法として73年に考案された「ブラック・ショールズ方程式」は、日本の数学者、伊藤清(2008年死去)が第2次大戦中に開発した確率微分方程式の理論を使って導き出された。偶然が引き起こす不規則なものの動きを記述するこの理論は、遺伝学や物理学、通信工学などでも用いられ、伊藤は06年、数学の社会への応用に貢献した研究者に贈られる第1回のガウス賞を受賞した。

突発的な急変動を織り込めていないと言われる金融工学だが、早大大学院教授の野口悠紀雄は「リスクを計る理論として、極めて重要だ」とその効用を説く。
「今回の金融危機でも、リーマンやAIGが失敗する一方で、ゴールドマン・サックスやJPモルガン・チェースは危機をくぐりぬけた。金融工学を利用して、本来のリスク管理ができていたかどうかがその差を生んだ、とみたほうがいい」

国民生活センターがだしたノックイン型投信への注意喚起

一方、日本国内で売られるデリバティブ商品の中には、投資家にとって不必要なリスクを伴う危うい商品も少なくない。エコノミストの吉本佳生はそう警告する。

吉本によると、通貨オプションなどを組み込んだデュアルカレンシー債には、最初に決めた相場以上に円高になると利息がなくなり、10~30年後の満期まで元本も戻らない恐れもある商品があった。ノックイン型と呼ばれる株価連動の投資信託には、期間中に、最初に設定した株価を割り込むと、下落した分だけ損失がふくらむものがある。
昨年1月、国民生活センターは、ノックイン型投信について「元本割れの恐れを十分に説明しないまま、販売されているケースがある」として、注意喚起した。

「デリバティブは仕組みを理解できないと思いがけない損失を招くことがある」と吉本はいう。「こうした商品は購入する側も免許制にするべきではないか。車の運転に免許が必要なのと同じです。運転免許は周りの人への安全のためでもあるが、自分の資産を守るうえで生半可な知識のひとは買えないようにしたほうがいい、と思います」

(文中敬称略)

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