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産業との深いかかわり

[Part2]

「見えない炉の中」を見る
新日鉄が特命チームを編成

千葉県の東京湾岸地帯。煌々と燃えさかる溶鉱炉のそばに、数学の研究所がある。
新日鉄の「数理科学基盤研究グループ」。2008年にできた、大学の数学科出身者ら数人による特命チームだ。

なぜ、鉄に数学が必要なのか。
鉄をつくる溶鉱炉の高さは40m、中の温度は平均1500度。炉の中の状態を正確に把握し、いかに制御するかが製鉄の死命を制する。しかし、中の様子を探るのは難しい。溶鉱炉の炉底に直接温度計を入れることすらできない。溶鉱炉が、あまりに高温で、しかも高圧だからだ。そこで、厚さ3mの煉瓦越しに温度計を仕掛け、中の様子を探るしかない。

溶鉱炉から流れ出る鉄=新日鉄君津製鉄所で (新日鉄提供)

困ったことに、炉の中の温度は一定ではない。ひとたび暴れ出すと、煉瓦の温度は倍近くにまで上昇する。煉瓦層が削られてしまわないように、一時的に製造を中止せざるをえなくなる。この作業は、かつては現場の経験則と、過去のデータの蓄積による「暗黙知」に頼ってきた。

だが、ひとたび異常状態になると、沈静化するには2カ月かかることも。生産が一時中断し、炉の寿命も縮まる。
そこで登場したのが、「逆問題」という数学の考え方だ。出てきた結果やデータから、その原因や現象を支配している法則を探ろうというものだ。

制御しがたい炉の中の現象にも何か原理・原則があるはずだ。そう踏んだ新日鉄主幹研究員・中川淳一は10年ほど前、逆問題を専門とする東大准教授の数学者、山本昌宏に相談。メカニズムを探るための「数学モデル」を共同でつくることになった。

直接、触れることも、見ることもできない溶鉱炉の中を、逆問題という数学的ツールを使って、のぞきこもうという戦略だ。熱はどのように伝わるか。
厚い鉄板を熱すると、表面の温度は徐々に上がるが、急に火を止めてもすぐには冷めない。
このような熱の伝わり方を探る「熱伝導方程式」を使って、溶鉱炉の中の温度を逆算すると、煉瓦を通して観測する温度はなめらかでも、温度が急上昇する直前に、頻繁に中の温度が上下していることを突き止めた。これをもとにコントロールし、溶鉱炉を安定させることに成功。このアイデアは、後に特許にも結びついた。

東大准教授の山本昌宏さん

溶鉱炉は巨大で高温。規模の小さい施設で「実験」することもできない。直接、目で見ることも触ることもできない。特命チームのリーダー、村上英樹は「コンピューターの力を借りて解を強引に計算することもできるが、現象の源をつきつめる数学的アプローチが、結果として近道になる。数学の活用は我々にとって『目からウロコ』だった」と話す。

「データの中から、埋もれてしまった真の原因の痕跡を探し当てる」。山本がそう表現する逆問題は、先史時代の温度を調べる熱学的考古学のほか、人間の体にメスを入れることなく体の構造を調べるCTスキャン、画像復元にも応用される。

新日鉄の村上は「数学というと収益と遠いイメージがあるが、見たこともないような技術の世界が見えてくる」と話す。

「他の分野への数学活用の成果はないのか」。そう質問すると、村上は「個人的には言いたいのだが、まだ発表できないんです」と言葉を濁した。
どうやら、数学によって新たな「現象」を見抜き、特許の準備をしているらしい。

(文中敬称略)

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