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エリックはカナダ生まれ。2歳の時に両親が離婚した。息子を引き取った父マーティン(67)は仕事を辞めて保育所に勤め、教育に興味を持つようになった。
「学ぶのは楽しいということを教えたかった。一度楽しいと分かれば、言われなくてもずっと続けるものだから」
週に1度、手品をお互いに練習して、週末に披露し合った。次の週までにからくりを研究し、種明かしをする。

魚釣りに行くと、釣った魚はそのまま抱えて図書館へ。図鑑を広げて「これかな」「違うよ」。特定すると「毒はないって書いてある」「じゃあ今夜はこれを食べよう」。そんな調子で勉強した。
7歳のとき、2人は米国東海岸へ長い旅に出る。4年で10カ所に暮らした。カナダでは有名なガラス職人だった父は、作品を売ったり、テレビ局に勤めたり、職を転々とした。旅先で出会った人もエリックの先生になった。隣人が中国語を話せると聞いたら習いに行き、切手のコレクターがいれば話を聞きに行った。
マーティンは「誰もが特別な知識を持っている。自分は何も知らないんだと認めて、好奇心旺盛につねに人から学んで欲しかった」と振り返る。
エリックは学校には通わず、高卒の父に一対一で全教科を教わった。8歳からは高校レベルの数学。12歳で大人に交じってプログラミングの公開講座を受講。講師に大学で学ぶことを勧められた。
当時、カナダの大学は16歳以下の入学を認めていなかった。父親が大学側を説得し、夏季講座を受講してみて成績が良ければ入学を認めるということになった。エリックは試験に合格し、晴れて12歳の大学生になった。
マーティンも付き添って一緒に授業を受けた。父は、分からないところは息子に聞き、説明してもらった。
「いま思えば、エリックは私に説明することで、数学者以外に数学のおもしろさを伝える力を身につけたのだと思う」
大学を2年で卒業し、14歳から修士課程へ。折り紙の研究を始めたのもこのころだった。父親が投げかけるアイデアを数学で表現するという二人三脚の研究スタイルもこのころできあがった。
MITは彼の「遊び」の後ろにある数学的な深さに気づき、20歳で博士号を取得したばかりのエリックを助教授として迎えた。学生より若い先生だった。

親子2人が深い絆で結ばれていることに気付いた大学側は、マーティンにも「アーティスト・イン・レジデンス」という肩書と研究室を与えた。研究室はエリックの一つ下の階だ。これまでに親子は数十本の論文を一緒に発表し、学会も一緒に出席している。
「父はアーティストとして突飛なアイデアがいっぱいある。それが僕の研究のインスピレーションになる」
マーティンは、MITでガラス工芸も教えている。高熱の炉の中でガラスが溶けて作る形が、エリックの研究対象にもなっている。
いま2人が取り組んでいるのは、日の出から日没までの太陽の動きで、積み上げたれんがの影の形が若者から老人に変化するという作品。「すごく難しい。でも、楽しんでやっていることからは、必ずいいものが生まれる」とエリック。
この研究を聞いたある施設からは、影の模様が生まれる天井をデザインして欲しいという依頼が舞い込んでいる。
(文中敬称略)

「GLOBE」の紙面G-5面の右端にある「設計図」を使って、どのように白鳥を切り出せるかを、簡単に説明してみます。
同種の「設計図」がプリントアウトできるサイト(http://erikdemaine.org/foldcut/examples/)です(ただし英文です)。