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一枚の四角い紙を何回も折りたたみ、はさみを一回だけ入れる。紙を広げると、様々な形や模様が生まれる。だれもが幼いときにやったことのある遊びだ。では、どれだけの種類の形が作れるのだろうか。そんな純粋な疑問に、真っ正面から取り組んだ数学者がいる。

エリック・ディメイン(28)。2001年、米マサチューセッツ工科大(MIT)に20歳というMIT史上最年少の若さで招かれた天才数学者だ。「オリガミ数学」と呼ばれる分野で斬新なアイデアを次々と打ち出してきた。その研究は今や、車のエアバッグの折りたたみ方や、スペースシャトルに搭載する望遠鏡の収納などにも応用されている。
09年12月。エリックをMITに訪ねた。研究室は、不思議な立方体やくす玉などが、机と床いっぱいに転がっている。「オモチャ屋みたいですね」というと、「でしょう?」と、目を輝かせた。
折り紙の「一刀切り」問題に興味を持ち始めたのは15歳のころという。
「ある手品師が『どれだけの形が作れるんだろう』と問いかけたのを知って、これは面白いと思ったのです」
切り出したい形を紙に書いて、それぞれの角の二等分線と、切り出す線に下ろした垂線を折っていく。どれだけ複雑な形でも多角形は最終的に三角形と四角形に分割できる。さらに折り目を追加すれば、三角形と四角形が一直線上に並ぶように折りたたむことができる、という。
難しいのは、図形を並べて折る順番を見つけ出し、それをどんな形にも応用できるようにするための「アルゴリズム」を作り出すことだ。アルゴリズムとは、計算する手順のこと。数学とコンピューターサイエンスの境界にある。膨大な計算が要求される問題は、この手順を間違えれば解けないこともあるし、とてつもない時間がかかってしまうこともある。
エリックは、まず図形の中に円を描く計算幾何学の手法を使って折り線を導き、さらにどの順番で折り線を入れていけばすべての図形を一つの線上に乗せられるかのアルゴリズムを編み出した。これによって、「紙を折りたたみ、一回切るだけで、どんな多角形でも無限に作れる」ということを証明したのだ。
オリガミ数学に詳しい北陸先端科学技術大学院大学准教授の上原隆平は「かなりの種類の形が作れるだろうと言われてきたが、限界がないことを数学的に証明するのは非常に難しかった」と話す。
本当にどんな形でも切り出せるのだろうか。でこぼこのでたらめな六角形を紙に描いて、エリックに渡してみた。
エリックは鼻歌を歌いながら紙を折って筋を入れ、開いては閉じて……を繰り返し、最後に折りたたんだ。
笑いながら「Moment of truth(真実の時)!」と言ってはさみで切り離した。紙を開くと、まさに書いたとおりの形が現れた。この間、約2分。
この研究から、彼は次第に「ものの形」へと関心領域を広げていった。いま熱中しているのは、どういう力や素材、状況によって、ものの形は決まり、それを保つのか、という壮大なテーマだ。
世界のモダンアートの殿堂、ニューヨーク近代美術館(MoMA)に08年、エリックの最新の研究が加わった。

「コンピューテーショナル・オリガミ」。数枚のドーナツ型の紙に何本も筋を入れてギザギザに折り、ねじってつなぐことで紙が自然に作り出す美しい曲線を表現した。縦横30cmほどの作品だ。
この作品に、エリックが取り組む「ものの形」の研究が凝縮されている。
紙を折ると、紙には平らになろうとする力と、折り目のままであろうとする力とが働き、その均衡点が生まれる。様々な方向に引っ張り合うことで、最初の形とは違った形が生まれる。「折ることで、なぜものは一定の『振る舞い』をするのか。実はまだまだ分からないことばかりなんです」
この研究は、現代生物学の最大のテーマの一つといわれる、たんぱく質が特定の形に折りたたまれる「フォールディング」という現象を解明する突破口になるのでは、と期待されている。最近、一部のがんや牛海綿状脳症(BSE)では、たんぱく質の形状が変わることが分かってきた。「たんぱく質がなぜその形になるのかが分かれば、形状の変化を予防できるかもしれない」
たんぱく質そのものを分析するのではなく、数学的にもっとも自然なたんぱく質の形とは何だろうと考えるという。
「現実の世界を直接扱わず、抽象的な数学の世界で考えてみる。逆から攻めてみると、意外な発見があるものです」
数学とは何なのだろう。
「うーん、哲学的な問いですね」とエリックは笑った。
「究極の真実があるところだと思う。人間によって作られた世界だが、どこか現実に、抽象的に存在する世界でもある。皆で作ったシンプルなルールで、あることを真実だと証明したり、間違っていると証明したりすることができる。すごい世界ですよ」
彼には、共同研究者がいる。ガラス職人の父親だ。
(文中敬称略)