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[Webオリジナル]軌道を描いて ルポ編

[第4回] 1秒の重み


うるう秒がなくなったら――。取材がスタートしたとき、二つの思いが頭をかすめた。一つは、地球の自転から時が離れてしまったら、いつか昼夜が逆転してしまうんじゃないかという不安。もう一つは、「たかだか1秒違うって、そんなに大事?」という疑問だ。(GLOBE編集チーム副編集長 高橋万見子)


不安のほうは、冷静に考えればすぐに解消した。かりに、世界標準時と地球の自転とが毎年1秒ずつずれていったとしても、100年たったときの「時差」は100秒。2分もない。1000年たっても、その差は17分弱だ。12時間ずれて昼夜が逆転するまでには、4万年以上かかる計算になる。

疑問は膨らんだ。手元の時計は、たいてい1~2分ぐらいずれているが、日常生活に支障はない。乗り継ぎ電車に間に合わない、と駅の階段をダッシュすることはあっても、秒単位まで気にしなければならないほどではない。うるう秒を入れるか入れないかが、いったいどれほどの世界に影響するのだろうか。

新システムを稼働させた年明けの東京証券取引所。ブースに「アローヘッド」を表す矢印=reuters

今年1月4日。年明け初日の東京証券取引所は、新システム「アローヘッド」の稼働に沸いていた。刷新は約10年ぶり。2005年から06年にかけて、証券会社が誤って出した注文が取り消せず大きな損失を被ったケースや、特定の銘柄に注文が殺到した結果、処理しきれずに取引全体を中止するはめに陥った、というトラブルが相次いだことがきっかけになった。

だが、もう一つ、大きな問題があった、と東証の鈴木義伯常務は話す。取引速度の遅さだ。東証の場合、証券会社が売買の注文を出してからシステムがこれを受け付けるまでに1秒強、受け付けてから証券会社に確認の情報が届くまでに1秒強、と注文処理に2~3秒かかっていたという。これが、「アローヘッド」では、5ミリ秒(=0.005秒)に短縮された。なんと、500倍前後のアップ。人間がまばたきを1回するあいだに、50件の取引を処理することができる。それでも、やっとニューヨーク証券取引所やロンドン証券取引所の水準に追いついたまでのこと、という。

ITの進展は、金融の世界を大きく変えた。証券取引もしかり、だ。「場立ち」と呼ばれる仲介者がフロアに立って、身振り手振りで銘柄や金額を伝えて取引を成立させていた時代は、はるか昔。今は欧米のヘッジファンドや大手証券会社の間で、あらかじめ決められたプログラムのもと、コンピューターシステムが株価の動きや出来高に応じて自動的に売買注文のタイミングや数量を決め、注文を繰り返す取引が開発され、普及している。「アルゴリズム取引」や、「ハイフリークエンシー・トレーディング」と呼ばれる超高速取引だ。

これまでの東証システムのように「のんびり」していては、顧客が状況を見て注文を取り消そうとキャンセルを発信しても、それが受付されるまでに前の注文が成立してしまいかねない。「秒」の差が損得を左右するというわけだ。実際、2009年には、米国の一部の機関投資家が手数料と引き換えにほかの投資家よりも0.03秒早く株価の注文状況を入手できる「フラッシュオーダー」という仕組みを利用していることが明らかになった。個人投資家などの注文に先回りして売買に動けるため、「不当な利益を得ている」との批判が起き、米証券取引委員会(SEC)が禁止措置に乗り出す、という事態にもなった。

ヘッジファンドの中には、1秒間に1000回もの注文とキャンセルを繰り返せるシステムを有するところもあると言われ、超高速取引に対応できるシステムをもつことが、証券取引所が国際競争の中で生き残るための必要条件になりつつある。近いうちに、証券取引はマイクロ秒単位にある、との見方すらある。

手元の時計が云々、などと言っている記者には縁遠い話だが、まさに「時はカネなり」。しかも、その刻みはどんどん短くなる一方だ。うるう秒なんて「長い」誤差を考慮してなどいられない、という世界は、好むと好まざるとにかかわらず、確実に広がっている。

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