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[Part2] 対談(上) 宇宙開発に続々と参入する途上国 際だつ中国の台頭

青木節子 慶応義塾大学教授 × 鈴木一人 北海道大学准教授

宇宙開発に参入する国は増えている。一国の枠を超えて広域的な活用が可能な宇宙利用は、途上国にとっても効率的な公共インフラだ。際だつのは中国の存在。衛星撃ち落としの実験は、宇宙も軍事化するかとの懸念を世界に引き起こしたが、一方で宇宙に国境のないことが、抑止効果をも生み出すという。



――2008年に起きたリーマンショックを機に、世界は100年に一度と言われる経済危機に陥りました。巨額の予算を必要とする宇宙開発に影響はありませんでしたか。

あおき・せつこ
1959年生まれ。慶応義塾大学大学院法学研究科修士課程を経てカナダ・マッギル大学航空・宇宙法研究所博士課程修了。法学博士。立教大学助手、防衛大学校助教授などを経て2004年から現職。著書に『日本の宇宙戦略』(慶応義塾大学出版会)ほか。

青木節子 私も懸念したのですが、思いのほか勢いは衰えませんでした。それだけ、宇宙利用はすでに私たちの日常生活の中に深く入り込んでいる、ということなのかもしれません。特に、新しい国の参加が目立っています。2008年秋にはベネズエラが初の通信衛星を中国から打ち上げましたし、2009年秋にはボリビアが中国と人工衛星開発で協定を結びました。より多くのアクターが宇宙に入ってきています。

鈴木一人 単に数が増えているだけでなく、途上国がまとまって宇宙利用を進める動きが加速しているのが興味深いところです。ラテンアメリカはすでに宇宙協力会議を5回開催していますし、先日(2009年12月上旬)アフリカで行われたALC(African Leadership Conference)でも、宇宙協力がテーマになりました。この1月にはバンコクでアジア・太平洋地域宇宙機関会議(APRSAF)も開かれます。
宇宙の特性は、なんといってもその広域性です。複数の国を一つの衛星でカバーできることが、とりわけ途上国の社会インフラとして注目され始めているのでしょう。

青木 加えて、欧州の底力も感じました。彼らは、宇宙活動法の制定支援や人材育成などを地道に行い、宇宙への参入を目指すラテンアメリカやアフリカとの関係を強めています。あまりお金をかけずに影響力を発揮する、うまいやり方です。

鈴木 国連の宇宙空間平和利用委員会(COPUOS)でも、同じような途上国に対する取り組みを熱心にやっていますね。欧州が熱心になる一つの理由は、マーケットでしょう。宇宙開発への参入国が増えれば、それだけ自国の衛星や機器を売れる先が増えることになる。小型衛星はともかく、大型衛星はやはり一定のノウハウを積み上げた欧米のメーカーでなければつくれませんから。

青木 欧州が途上国の宇宙活動法制定を支援する理由には、宇宙技術が本質的に軍民両用技術であるという点が含まれていると思います。輸出管理について、新興国に先進国並みの基準を守ってもらい、衛星やロケットに含まれる機微な軍事技術が不用意に国際社会に拡散してしまうことを抑えたいという狙いもあるでしょう。

孤立が外交力と技術力を引き上げた

――アジアでは中国の台頭も目立っています。
鈴木 ラテンアメリカやアフリカに対する働きかけが成功していますね。2003年に途上国に中国の宇宙技術とロケット打ち上げの機会を提供する目的で、アジア太平洋宇宙協力機構(APSCO)を立ち上げ、リーダーシップを発揮しようとしています。また自国で開発した衛星を安く打ち上げ、軌道上で相手国引き渡す取引も始めた。これまでにナイジェリアやベネズエラ、インドネシアといったところの通信衛星を打ち上げましたし、ブラジルとも共同開発した地球観測衛星を中国のロケットで打ち上げました。ボリビアやベネズエラといった反米左派といわれる国々との関係強化にも成功している。

すずき・かずと
1970年生まれ。立命館大学大学院国際関係研究科修士課程修了、英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。博士(現代欧州研究)。筑波大学准教授などを経て2008年から現職。近著に『イギリスとヨーロッパ:孤立と統合の二百年』(共著)ほか。

青木 1990年代、米国製の衛星を中国で打ち上げたところ、事故調査から「機微技術が漏れた」と議会が問題視したことがきっかけで、米国は武器輸出管理法(AECA/ITAR)を強化しました。その結果、米国の衛星だけでなく米国製の部品を使った衛星も中国から打ち上げることができなくなりました。米国製の部品が入っていない衛星なんてほとんどありませんから、事実上、中国は主要国の衛星市場から締め出されてしまった。それでやむをえず、途上国に接近するしかなかった、という面があったのは確かです。

鈴木 孤立によって中国に生じた効果は二つあって、一つは青木さんがおっしゃるように、途上国との宇宙開発・協力体制が強まった点。もう一つは――これは非常に大きな効果ですが――結果的に中国自身による宇宙技術開発が前進したことです。欧米からものが入ってこないわけですから、自分たちで生み出すしかなかった。実際、この15年で中国のロケットや人工衛星の開発・運用能力は格段に上がりました。

青木 同感です。やはり、宇宙開発は自力でやらないとだめですね。自国衛星を保有している国はすでに40カ国ほどありますが、自前のロケットで打ち上げられるのは8カ国だけです。
韓国も、衛星の打ち上げにすごく苦労してきましたね。一つにはロケット開発においてロシアのロケット技術を導入しようとしたことが響いたと思います。一つの設計思想のもとで開発ができないと、なかなかうまくいかないケースが多い。少なくとも宇宙先進国であるためには、自立的な開発能力が必須です。
もっとも私は、韓国のほうがイランより先に、自立的な宇宙開発能力をもつ世界第8番目の国になると思ってきたんですけれど。宇宙開発はやはり、むずかしいものなんだなあ、と改めて思いました。

鈴木 後発の国はどうしても先進国からある程度技術を導入しないといけませんから、その意味では韓国もまだ発展途上なのだという言い方もできるかとは思いますよ。ただ、韓国は地理的にロケットを打ちにくい国なんですよね。ロケットは地球の自転との関係で、東か南にしか打ち上げられませんが、韓国から南に打ち上げると沖縄・八重山群島の上空を通過し、東に打つと本州を横切る形になってしまうため、万が一、第一段目の分離がうまくいかなかったり、ロケットが失敗したりした場合は、日本に大きな被害が出る可能性がある。

青木 朝鮮半島の特殊な事情から、米国との協定で、10年ほど前までは、韓国が開発してよいミサイルの射程が180km、現在でも300kmというように、ミサイル開発に制限がかかっていることも、ロケット開発には不利に働きましたね。

鈴木 自前のロケットを持ちたい気持ちはよくわかるんですが、むしろ韓国のほうに「日本と協力関係を深めて日本から自国衛星を打ち上げる」ぐらいの戦略的な発想があってもいいんじゃないでしょうか。日本も、本気で自立的なロケット開発技術を維持したいのであれば、もっと打ち上げる衛星の数を増やさないと、海外勢と対抗していけません。中国は無理としても、韓国との協力は十分可能です。
いまアジアの中ではマレーシアやインドネシア、バングラデシュといった国々が「自分たちの衛星を」と言い始めていますから、そうしたところに、たとえばH2Aをもっと売り込んでいく、といった工夫が欲しいところです。商業衛星の受注に苦労するより、政府間合意のほうがずっと話が早いと思いますよ。

青木 韓国の宇宙開発振興法を見ても、打ち上げ産業などによる経済効果も狙った、なかなかに野心的な内容です。仮に日本が「おたくの衛星も打ち上げますよ」と言ったところで、彼らが簡単に自国射場をあきらめるとも思えません。

鈴木 確かに宇宙開発は「一流国家」「大国の証し」と考える国が多いですね。先進国に近づけば近づくほど、自主開発への願望が大きくなる。特にアジアは成長力の高い国が多いですから、今後、域内協力を進めていこうとするうえで各国のプライドやナショナリズムの存在がネックになる可能性はありますね。

青木 宇宙の話って、結局は地上の話なんですね。地上の関係が成熟しないと、協力していくのは難しい。特に、ロケット技術はそのまま弾道ミサイル技術ですから、かなり陳腐化した技術でないと共有化はむずかしいでしょう。 将来、アジアが欧州のように成熟した関係になれば、ロケットの共同開発ということもあるかもしれませんけど。

脆弱性が抑止効果を生む

――宇宙が軍事化する懸念も言われています。

 

青木 ある部分、すでに現実になっていると思います。宇宙条約上、宇宙空間で禁止されているのは、大量破壊兵器を搭載した物体を配置することだけで、通常兵器の配置は禁止されていないというのが、まず不十分な規制といえます。いまだに、通常兵器である宇宙兵器は宇宙空間に恒常的に配備されてはいない、と言われてはいますが、例えば弾道ミサイルで衛星を破壊することができるというのは、もはや偵察衛星の利用のような受動的な軍事利用を超えた段階と言っていいでしょう。実際、2007年に中国が衛星破壊実験に踏み切り、米ロによる実験モラトリアムが破られました。

鈴木 私はむしろ、それがきっかけで「繰り返してはいけない」というコンセンサスができあがったと見ています。実際、中国は実験のすぐ後に、宇宙兵器禁止条約を国連軍縮会議にロシアと共同提案してきています。
少なくとも、衛星を破壊できる能力のある国は宇宙開発も進んでいて、自国の衛星も保有している。衛星破壊で生じる大量のデブリは、そうした自国衛星にもかまわずぶつかってきますから、大きな損害を被りかねず、うかつにはやれません。私は、衛星破壊は核兵器と同様、「使えない軍事技術」になると思います。

青木 私も宇宙戦争のようなものは起きないと思います。ただ、例えば台湾海域で米中が衝突したというような場合、デブリが出ようが出まいが、双方ともに相手の衛星を撃ち落としたいといった衝動にかられるといったようなことがあるかもしれません。核抑止論のような明確な宇宙兵器抑止論はまだありません。

鈴木 確かに、地上の戦争に利用する、という点では、通信衛星や偵察衛星といった機能は不可欠になっています。測位衛星を使った無人戦闘機の運用なども始まっており、宇宙はこれまでになく重要な意味を持ってきているのは確かです。
ただ、ここにも留保を付けると、米国のように軍事技術が進んだ国にとって宇宙は不可欠な存在ですが、タリバンなどのゲリラ戦、いわばカラシニコフと路上爆弾で戦っているような場では、宇宙は何の関係もありません。そのゲリラ戦に米国があれだけ苦しんでいることを考えると、軍事的な能力や軍事的な優劣が宇宙で決まると言ってしまうのもまた、ちょっと違うと思います。

青木 米国はすでに世界の半分近い400以上の衛星を運用しています。銀行の現金自動出入機(ATM)をはじめ、証券市場や電子取引など、衛星に依存した情報通信ネットワークが生活の隅々にまで入り込んでいますから、ある意味では衛星破壊にもっとも脆弱(ぜいじゃく)な国と言えます。もしこれらが破壊された場合の社会的、経済的影響ははかりしれません。
鈴木 そうですね。破壊までしなくとも、電波妨害など衛星の機能を止める方法はいくつもある。そうなれば米国、あるいは米国のシステムに依存している経済社会は大混乱に陥るでしょう。

青木 それを起こさないための国際的な枠組みをどう構築するか、ですね。

鈴木 米国は、ORS(Operationally Responsive Space)という、衛星の即時打ち上げ体制を構築しつつあります。仮に自国衛星が撃ち落とされてもすぐに代替衛星を打ち上げられる能力を持とうと。
青木 米国らしいですね。外交で衝突を回避するより、科学技術力で圧倒しようという。
鈴木 中国の人民解放軍も急速に近代化を進めていますから、いずれ宇宙への依存度が高まってくる。逆説的ですが、互いに「脆弱性」が強くなれば宇宙で戦うことのメリットはなくなっていくでしょう。

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