TOPへ
RSS

人工の星が時間も支配する

[Part1] 「時」が地球から離れる。そしてGPSへと委ねられる

 

太陽が東の空から昇る。ただそれだけのことなのに、今年もまた、どれだけの人が初日の出を厳かな気持ちで迎え、新しい年への思いを託したことだろう。

人類は古来、太陽の動きによって「時」を知り、生活のリズムを刻んできた。ところが、この「時」が、太陽の動きと完全に切り離されてしまうかもしれないという。

それを迫っているのは、太陽が昇りゆく同じ空のどこかで4機、5機と地上に向けて電波を発しているはずの米国の測位衛星GPS(全地球測位システム)だ。

カーナビなどで位置を教えてくれる人工衛星としてすっかりおなじみだが、地上からは姿の見えないこの星たちが、実は私たちの「時」とも深くかかわっているという。

いったい、何が起きようとしているのか。

パリ郊外のセーブルにある国際度量衡局。もとは王族の館だった=辻篤子撮影

記者(辻)はパリ郊外に向かった。目指したのは、ルイ15世ゆかりの磁器の産地、セーブルにある国際度量衡局(BIPM)だ。時間や重さなどの単位の標準を扱う国際機関で、世界の標準時である協定世界時(UTC)は、ここで管理されている。

ボジミエシュ・レバンドフスキ博士の説明によれば、こうだ。

UTCは、日本の情報通信研究機構など世界各国にある原子時計の平均値で、いわばバーチャルな時間だ。原子時計は20世紀半ばに登場し、その正確さから今や、時を測る主役になっている。「1秒」の長さも、セシウムという原子の周波数で定義し直されている。

それでも、太陽の動き、すなわち地球の自転による「時」を捨て去ったわけではない。実は地球の自転は不安定で、少しずつ遅くなっている。このため1972年以来、必要に応じてUTCに1秒を加え、地球の自転に基づく時間との差が0.9秒以内にとどまるように調整されているのだ。「うるう秒」である。

その「うるう秒」をやめてしまおうという議論が今、国際電気通信連合(ITU)で持ち上がっているのだという。

「危険だから」。そうレバンドフスキはいう。

「うるう秒」は、59秒の次に「60秒」をはさむことで調整する。コンピューターがふだん扱わない数字なので処理が難しく、そのつど、手作業による入念な調整が必要だ。ロシアの測位衛星はかつて、「うるう秒」を入れる際のトラブルが原因で何時間も止まったことがある。

コンピューターシステムに間違いが起き、例えば航空管制に狂いが生じたりすれば、大惨事にもつながりかねない。証券市場での売買、電子認証――ミリ秒、ナノ秒で情報が行き交うIT社会への負担は大きくなる一方だ。

一方、GPSでは「うるう秒」を入れない時間が使われている。

約30機あるGPSの各衛星には、超高精度の原子時計が積まれ、時刻情報を発信している。地上の受信機は四つ以上の衛星からの信号をとらえ、その時刻の差から距離の差を計算して位置を割り出す仕組みだ。軍事目的で開発されたGPSにとって、「うるう秒」は間違いの芽でしかない。当初から導入は見送られた。

 

グラフのように、UTCは地球の自転の観測で得られる「世界時」に寄り添うように階段状に遅くなってきているのに対し、GPS時刻は横一直線だ。

便利さと精度の高さから、GPS時刻は国際通信などで広く使われ始めている。
また、各国の原子時計もGPSを通して絶えず互いに比較することで、高い精度を保っている。GPSは、時の世界のデファクトスタンダード(事実上の標準)だといっていい。

「うるう秒」の廃止は2000年に入り、米国などが提案した。フランス、ロシア、イタリア、ドイツ、そして日本などが賛成する一方、ただ一国、一貫して反対しているのが英国だ。

(上)ロンドン郊外にあるグリニッジ天文台。現在はもうここでは観測は行われていない(下)グリニッジ天文台にある原初子午線を示す線。右が西で左が東だ=いずれも辻篤子撮影

英物理学研究所のピーター・ウィバリー博士によれば、「現実に大事故は起きておらず、うるう秒にまつわる技術的な問題は、廃止を急がなければならないほど大きくない」との理由から、政府で正式に反対を決めたという。

だが、背景には、かつての世界標準時、グリニッジ標準時(GMT)へのこだわりもある、との見方がもっぱらだ。

グリニッジ天文台の公式ガイドにはこうある。「もし、原子時計だけに基づく時間に移行するようなことがあれば、私たちの時間は天体の運動とは切り離され、何千年に及ぶ伝統も終わる」

近年になって中国も反対を表明した。ITUでの議論は作業部会では決着がつかず、2012年の総会にはかられることになりそうだ。「うるう秒」の廃止が決まれば、2017年から実施される。

……………

時をも支配する必須の公共インフラになりつつあるGPS。それが米国の一極支配のもとにあることに、ライバルたちが危うさを感じるのは当然の帰結かもしれない。

対抗するシステムを構築する動きが始まっている――。(辻篤子)

(文中敬称略)

 

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

世界のどこかで、日本の明日を考える 朝日新聞グローブとは?

Editor’s Note 編集長 新創刊のあいさつ

このページの先頭へ