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最終回の第4回は、米連邦最高裁の内側をさらに深く知りたい人のための本を選んでみた。

GLOBEの特集に、「反対意見で有名な判事にも成功例と失敗例がある」
を寄稿したリンダ・グリーンハウス氏は、米ニューヨークタイムズ紙で30年間、連邦最高裁を取材した。その大半の期間に在任していた連邦最高裁元判事のブラックマン(1908-1999)について書いたのが、”BECOMING JUSTICE BLACKMUN : HARRY BLACKMUN’S SUPREME COURT JOURNEY”(Linda Greenhouse Times Books)だ。
女性の妊娠中絶の権利を認めた「ロー対ウエイド判決」(1973年)の法廷意見や、晩年には死刑に反対する少数意見を書いたことで有名なブラックマンが遺した法廷メモ、意見の草案、日記など公私にわたる膨大な書類を丹念に読み解き、米国社会に影響を与えた彼の意見はいかにして生まれたのかを探った。
幼なじみで、ほぼ同じ時期に連邦最高裁長官だったバーガーとの人間関係の移り変わりも興味深い。
連邦最高裁の内幕を書いた古典的な本と言えば、”THE BRETHREN : INSIDE THE SUPREME COURT”(Bob Woodward & Scott Armstrong)だ。 タイトルは「兄弟」の複数形で、「同胞、同志」などの意味がある。思想も経歴も多様な9人の最高裁判事たちが、秘密結社さながらの厚いヴェールの内側でどのようにかけひきをし、判決を出していくのか。その細部を、ウオーターゲート事件の調査報道でニクソン大統領退陣のきっかけをつくったボブ・ウッドワード氏らが明らかにした。

対象は、1969年から1976年まで。数々のリベラルな判決で米国社会を変えたウオーレンが長官を辞任し、新しくバーガーが長官に就任するところから物語は始まる。判事たちの間でどのように意見の草稿やメモがやりとりされたのか。合議でどんなプレゼンテーションがされたのか。意見分布はどの瞬間に劇的に変わったのか。人間関係の機微も含めて、詳細に跡づけられている。
ちなみに、上記の”BECOMING JUSTICE BLACKMUN”には、「ブラックマンが1970年代末に、スコット・アームストロングのオフレコインタビューに応じ、元のロークラークにもアームストロングやウッドワードに話していいと許可した」という記述がある。
バーガーの次の長官のレーンキスト時代の内幕を描いたのが”THE NINE : INSIDE THE SECRET WORLD of the SUPREME COURT”(Jeffrey Toobin, Anchor Books)だ。雑誌「New Yorker」のスタッフライターで、CNNの司法分野のアナリストでもある筆者が、レーンキストの1986年の長官就任から2005年の死去までを書く。
葬儀に際して最高裁の階段に並んだ判事たちを一人ひとり、カメラでズームインするように描写していく印象的なプロローグに始まり、20年間の「レーンキスト・コート」の間に、最高裁の保守化がどのように進んだかを跡づける。それは、本書の随所に顔を出す「フェデラリスト・ソサエティ」に代表されるような、保守的な裁判官の選任を求める裁判所の外の動きとも密接に関連していることもわかる。

2005年にブッシュ大統領がロバーツ、アリートの2人の裁判官を任命してから数年間の最高裁の保守化について、高名な法哲学者が憂いているのが”THE SUPREME COURT PHALANX:THE COURT’S NEW RIGHT-WING BLOC”(Ronald Dworkin, The New York Review of Books)だ。
レーンキスト自身の著書もある。”THE SUPREME COURT”(William H. Rehnquist, Vintage Books)だ。は、草創期から20世紀中葉のウオーレン・コートまでの連邦最高裁の歴史を活写しつつ、それがどんなインパクトを社会に与えたかを振り返る。さらに、最高裁がどんな事件を審理するかをどうやって決めているのか、判事たちはどのような日常を送っているのか、合議はどのように進められているのか、といった点について具体的に書かれている。
連邦最高裁の歴史から四つの時代をとりあげ、それぞれに代表的な裁判官を2人ずつ、合わせて8人選び、気質や思想、哲学の違いを対照させる、という方法で、裁判官の個性がどのように司法を変えていったか、を分析したのが、”THE SUPREME COURT:THE PERSONALITIES AND RIVALRIES THAT DEFINED AMERICA”(Jeffrey Rosen, Holt Paperbacks)だ。

20世紀中葉のリベラル派の両巨頭、ブラックとダグラスや、20世紀から今世紀にかけての保守派を代表するレーンキストとスカリアが、どのような点で違っていたのか。その対比を通じて、時代状況も浮かび上がる仕掛けになっている。
筆者が重視する点の一つは、「合意形成をめざす能力」だ。その点は、終章でインタビューに答えているロバーツ現長官の考え(少なくとも本書で表明された)と響き合うものがある。筆者はジョージワシントン大の教授で、”New York Times Magazine” などジャーナリズムでの執筆活動も精力的に続けている。

連邦最高裁の歴史を、「反対意見」という切り口から描いたのが、”I DISSENT: Great Opposing Opinions in Landmark Supreme Court Cases”(Mark Tushnet, Beacon Press)だ。1803年の「マーベリー対マディソン」事件でのギブソン判事から、2003年の「ローレンス対テキサス」事件でのスカリア判事まで、16章にわたって「反対意見」史を概観している(一部、同意意見もある)。
特集でも紹介したように、米国では現職の連邦最高裁判事による著書も珍しくない。例えば、”ACTIVE LIBERTY: Interpreting a Democratic Constitution”(Stephen Breyer, Oxford University Press)。言論の自由、プライバシーの権利、アファーマティブ・アクション、行政法など、いくつものテーマにわたって、「最高裁はどのように憲法を解釈すべきか」を考える。特集の「司法の役割どこまで それが根源的な対立だ」(神戸大・中川丈久教授のインタビュー) を踏まえつつ、「ライバル」であるスカリア判事の考え方と対照させながら読むと興味深い。
(山口 進)