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司法の役割とは---米国の現場で

[Part3]

司法の役割どこまで それが根源的な対立だ

中川丈久神戸大教授(行政法)

米国の最高裁には、保守対リベラルの対立があると言われる。
妊娠中絶や同性婚、人種的優遇措置を許容し、州政府よりも強い連邦政府を肯定する傾向をもつ人がリベラル派、その逆が保守派と呼ばれる。
保守派とされるスカリアと、リベラル派とされるブライヤーは、判決のなかはもちろん、著書でも互いを批判し、公開討論会でも論争する関係だ。

Antonin Scalia アントニン・スカリア
1936年生まれ。
ハーバードロースクール修了。
大手事務所勤務などを経て、71年に政府入り。放送分野などにかかわった。
民主党政権になったため大学に戻り、シカゴロースクール教授。
その後連邦控訴裁判事を経て86年、レーガン大統領によって最高裁判事に任命される。
著書に『A Matter of Interpretation: Federal Courts and the Law』など。73歳。photo:AP

スカリアが10年ほど前に講演のために来日したとき、有馬温泉を案内したことがある。
彼は温泉好きで、宿に着いて風呂に入り、寝る前も朝も、計3回入った。その話を、昨夏やはり講演で来日したブライヤーにしたところ、「じゃあ私は4回入る」と。こんなところにもライバル心が見てとれた。
スカリアはイタリアから移民してきた大学教授の子で、恰幅がよくて人なつっこい「下町のおっちゃん」という感じ。9人の子の父親でもある。
ブライヤーは、ハーバード大ロースクールで私の指導教授だった。とてもやさしい人だが、先生だったからか、敷居の高さも感じる。フランス語にも堪能。妻は心理学の専門家で、英国の貴族の一員という。

2人の対立が具体的に表れたケースを見てみよう。
17歳以下の少年を死刑にしてよいかという問題について、ブライヤーは裁判所として禁止すべきだとするが、スカリアは「どんな場合なら死刑を禁止すべきかという問題を裁判官が決めることはできない」という立場だ。
公共施設に聖書の「十戒」を掲示することの是非をめぐっては、政教分離に関して積極的に切り込もうとするブライヤーに対し、スカリアは昔も今も米国社会と宗教は切り離せない関係であることを理由に、政教分離を厳しくする解釈はおかしい、という。

Stephen Breyer スティーブン・ブライヤー
1938年生まれ。
ハーバードロースクール修了。政府内弁護士を経てハーバードロースクール教授に。
行政法、独禁法などで著名。航空業界の規制緩和立法にもかかわった。
連邦控訴裁判事を経て94年、クリントン大統領によって最高裁判事に任 命される。
著書に『Active Liberty』など。71歳。photo:AP

2人の対立を、憲法や法律解釈方法という次元でとらえるならば、時代の変化とともに法律や憲法の意味が変わりうるというブライヤーの立場と、法律や憲法も制定当初の意味(原意)に忠実に理解すべきで、それに裁判官が手を加えるべきではないとするスカリアの立場の違いということになる。

2人の本質的な対立は、「司法は何をどこまでやっていいのか」という哲学の対立にある。
法の可能性を追求し、法で社会をよりよくすることに希望を抱く立場をとるのがブライヤーだ。社会は進歩するもので、そのために法律家は法律という道具を使って手助けできる、という思想だ。
それに対し、スカリアは、法律家が社会を支配すべきではないという観点から、憲法や法律の解釈にあたって抑制を求める。法の限界を正しく認識せよ、というのだ。「法律家が何でもわかるというのは傲慢だ、自分もわからない」というわけだ。

スカリアとブライヤーの方法のどちらがいいのか。だれもが悩む。2人の対立は、永遠の対立だ。
判決を出すときに、少数意見(個別意見)を活発に書くのはスカリアやブライヤーだけではない。全員だ。みんなよく喋る。意見は長く、たくさん註がつけられていて、まるで論文だ。体系的に自分の考えていることを語ろうとしている。

最も大きな特徴は、裁判官たちが、根本に立ち返っての、そもそも論として、憲法論を語っている、ということだ。ブライヤーもスカリアも、魅力的な憲法論を展開している。
憲法論がないと、書いてあるもの(法律など)をどう解釈するかという技術論になる。その前にそもそも論、憲法論をするから、素人にもわかりやすい。
そもそも論としての憲法論が豊かであることは、その国の法文化が豊かであることを示すと、私は思う。法律論が一部の人に独占されているのではなく、みんなに共有されているからだ。(聞き手・山口進)

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