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司法の役割とは---日本の現場で

[Part3]

裁判員時代。最高裁には果たすべき役割がある

滝井の力が及ばなかったのは、刑事裁判の分野だ。調査官と意見が違った場合、ほとんど通らなかったという。
調査官は本来、裁判官の補佐役だ。ただ、膨大な事件数をこなす上で、記録を精査する調査官の存在は極めて大きい。先例との整合性を強く意識するため、裁判官が新しい判断をしようとする場合、意見が対立することも多いという。
最高裁は調査官が実質的に判断する「調査官裁判」ではないかという批判もあった。
特に刑事裁判で、法律論ではなく事実関係が問題になる場合は、時には1万ページを超えるような大量の記録を読破しなければならない。裁判官一人ひとりになかなか時間的余裕はなく、仮に調査官の報告書に疑問を持った場合でも異を唱えにくいという実情がある。

八海事件で最終的に無罪を確定させた第3次上告審判決のために最高裁に入る奥野健一裁判長=1968年10月25日

滝井は退官直前、主任裁判官だったある殺人事件で、夏休みをつぶして証拠を読み込んだ。
捜査段階の自白調書と、動機とされることとが客観的状況に合っているかどうか、詳細に検討したのだった。その結果、「自白が信用できるか疑いが残る」という意見をまとめた。
だが、調査官に難色を示された。主任が有罪の結論に反対の場合、全体の意見を誰がどう書くのか前例がないということのようだ。間もなく定年を迎え、時間切れで反対意見は公にはならなかった。
滝井は、「最高裁は刑事事件で、もっと事実関係のチェックもすべきではないか」という問題意識があった。

最高裁は、「まだ最高裁がある」という言葉で有名な八海事件以来、事実関係に踏み込み、下級審の有罪判決を破棄することもあった。80年代には、自白の信用性に疑問を挟み、原判決を破棄した判決が続いた。しかし90年代以降、そのような事例はほとんど途絶えていた。

「幻の反対意見」を滝井は、同じ年に最高裁判事になった泉徳治に手渡した。
その泉は07年、第一小法廷が審理した強盗強姦事件で「被害者の証言に信用できない部分がある」として有罪を破棄すべきだとの反対意見を書く。

痴漢をしたとして罪に問われたが、09年の第三小法廷判決で無罪を言い渡された名倉正博・防衛医大教授

「滝井に刺激されたわけではないが、高裁判決に不自然さを感じて記録を読んだ。慎重に見なければいけない、という問題意識はあった」。2対3で「最高裁は事実関係に深入りすべきではない」という立場の多数派に敗れ、上告は棄却されたが、反対意見は残った。

そして09年。第三小法廷はある痴漢事件で、一、二審の事実誤認を理由に、原判決を破棄して無罪を言い渡す異例の判決を出した。3対2の小差だった。
無罪派の1人、近藤崇晴は補足意見で「最高裁は原判決を事後審査する立場だが、被告人が犯人であることに合理的な疑いが残ると判断すれば、有罪判決は破棄する」という姿勢を明確にした。やはり無罪派の那須弘平も、補足意見を「冤罪で国民を処罰するのは国家による人権侵害の最たるものであり、これを防止することは刑事裁判における最重要課題の一つである」と書き出し、「刑事裁判の鉄則ともいわれる『疑わしきは被告 人の利益に』の原則も、有罪判断に必要とされる『合理的な疑いを超えた証明』の基準の理論も、突き詰めれば冤罪防止のためのものであ る」と強調した。

近藤崇晴判事

第三小法廷判決の5か月後。今年9月には、第二小法廷も、ある殺人未遂事件で「被告人と一緒に襲撃した」という共犯者の供述の証拠価 値に疑問があると判断。二審の有罪判決を破棄した。
泉らの反対意見を含めれば、三つの小法廷すべてで、自白や供述の信用性を最高裁としても改めてきちんとチェックする姿勢が表明されたと言える。

裁判員時代に入り、公判前整理手続きの導入などで法廷での審理が拙速になり、被告人が自分を守る権利が侵害されるのではないかという恐れも指摘されている。
泉は話す。「裁判員制度で無罪や被告人に有利な判断が出た場合、上級審がひっくり返すのは控えるべきだ。しかし有罪になった場合は、裁判員が入っていたからといって、最高裁は遠慮すべきではない。裁判員制度だから事実認定は一審に任せようというわけにはいかない」

再審が始まった足利事件では、最高裁が救済できなかったのかという声がある。
司法制度改革がやり残したことの一つである誤判救済のあり方に、最高裁は他人事ではいられない。冤罪を防ぐ最後の砦の役割を果たす最高裁の立ち居振る舞いが、少しずつ変わり始めている。

(文中敬称略)

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