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――文科省退官直後にまとめた「日本の科学技術の現状と展望」(08年11月、科学技術振興機構)で、「東アジア科学技術協力構想」を提案した問題意識は。
林幸秀 まず、日本の先端科学技術分野の力量の現状認識について言えば、ノーベル賞受賞者数は米国に圧倒されているものの、基礎科学分野で非常にざっくりと力を比較すると米5:欧3:日本1だと考えている。日本は欧米に比べて少ない人材、資金にもかかわらず健闘している。

科学技術の開発力は、おおよそ資金と人材のかけ算で決まると思う。米国の強みは、資金力に加えて、世界中からいい人材を集められる教育・研究システムがあること。欧州は統合によって東欧を含めて人材を調達する後背地を広げた。資金も個別に研究している時代より増えた。これから10~20年で米国に対抗できるようになるのではないか。
では、日本の将来はどうだろうか。少子高齢化やそれに伴う経済規模の伸び悩みを考えると、年々相対的な地位が低下し、気がつけば何の取りえもない中進国になるおそれがある。今後も世界一流の科学技術国の立場を維持するためには、韓国、中国、東南アジア諸国連合(ASEAN)、オーストラリアと協力し、人材や資金を共有していく必要があると考えた。将来にわたって、日本単独で欧米と対等に競争を続けられるというのは幻想だ。
――中国の科学技術力をどうみていますか。
林 論文数は日本に近づいてきた。中国は論文を書いた数で評価する奨励策をとっており、これからもどんどん増えるだろう。質をはかる論文の引用数でみると、中国は欧米や日本と差がある。とはいえ、日本もそれほど多くはなく、米国が圧倒的で、英国、ドイツ、フランス一国と同じ程度だ。
先端技術でいえば、電子情報通信、ナノテク、ライフサイエンス、環境技術分野など、それぞれ現時点では中国は日本とはかなりの差があると考えている。ただ、急速に経済発展しており、科学技術開発に使える資金も増えている。米国、欧州、日本などで学んだ優秀な研究者の帰国もこれからもっと増える。この人材がたいへんな力を発揮するようになるだろう。
だからこそ、中国に協力を持ちかけるのは今がチャンスである。基礎の分野ではしだいに力をつけてきているが、先端技術はまだ離陸していない。今なら、中国にも日本と組むメリットが大きい。
――構想の具体的なイメージは。
林 まず人材協力。数で言うと日本は中国に太刀打ちできない。中国の人材が日本でも科学技術の先端の場で研究し、何人かのうち一人でも日本に残ってくれればいいと考えている。その前提として、中国に限らず他国の人材を、米国のようにきちんと評価できるシステムが必要だ。今、国立大学に外国人の学長は一人もいない。外国人でも高い地位を占めるようにならないと優秀な研究者が日本に来るわけがない。
次に標準化戦略。経済市場で「国際標準」を握るのはとても重要であり、科学技術がベースになっている場合が多い。中国は自国の市場が大きくなるにつれて「標準化」戦略に目覚めている。日本は中国と対抗するより、組んだほうが国際競争で勝てる。
そして、科学技術施設の共有。先端技術開発の装置は、巨額の資金が必要だ。カナダは米国の中に入ってやっている。欧州は連合として各国で負担しあって拠出している。中国を含めてアジアでやれば一国あたりの負担は減る。世界全体で利用する国際施設であればアジアに誘致する場合の外交力も強まる。
――注意すべき点は。
林 各国の利害があまり食い違わない基礎研究から始めて徐々に広げる。安全保障にかかわるような分野は当然、外すことになる。
また、組織にはこだわらない。先に協力の実態を作り、必要であれば組織を作ればいい。組織から議論すると、本部はどこに置くとかいろいろと決めることに時間がかかり、肝心な科学技術協力が進まなくなってしまう。協力分野によって参加国も変える柔軟性も重要である。
心構えとしては、日本は現時点で科学技術水準が地域内で高いからこそ、協力を進めるなかでアイディアは先導しても、人事や共同開発施設の立地などでは他国に譲る姿勢をとったほうがうまくいくだろう。
(09年7月17日、東京で。聞き手=吉岡桂子 経済グループ記者兼論説委員)