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のどかな農村に、三角屋根の工場と3本の煙突が突っ立っていた。
湖南省瀏陽市鎮頭鎮にある「長沙湘和化工」の化学工場。周囲は畑と緑にあふれ、点在する民家の軒先をニワトリや犬が自由に走り回る。時がゆっくり流れる。ごく普通の中国の農村の風景だ。
今年、その様相が一変した。
「そのサツマイモ、口にしちゃダメだよ。稲もトウモロコシも、この村の農作物は全部ダメだ」。工場から出た有毒のカドミウムや鉛で、土が汚染されているのだという。


工場は03年に開業した。表向きは工業用の硫酸亜鉛の製錬。だが、裏では創業当初から無許可でインジウムを生産していた。亜鉛鉱石を製錬する際に副産物として得られる希少金属(レアメタル)だ。元従業員は「経営者自らトラックを運転して運び出し、売りさばいていた」と話す。
インジウムは、テレビの液晶画面の電極や次世代型太陽電池など、ハイテク産業を支える素材として注目されている。価格も、03年から3年間で5倍に上昇。ピーク時には1キロ=10万円以上した。今でも銀と同じくらいの高値で取引されている。
だが、インジウムを生産する際に同時に副産物として出てくる鉛やカドミウムを適切に処理しなければ、水や土壌が汚染され、公害が発生する。
5月下旬、村に住む羅伯林(44)が突然、原因不明の死を遂げた。1カ月後には欧陽樹枝(61)が呼吸困難など似た症状で亡くなった。湖南省衛生当局の検査では、尿中のカドミウム値が基準の4倍以上になっていた。
村民の怒りは沸点に達した。ある遺族は、遺体を鎮政府前に安置して抗議。政府の責任で尿や血液検査を実施するよう求めた村人が集結し、6月末には数千人のデモに膨れあがった。そこに1000人以上の治安部隊が投入され、がぜん緊張が高まった。
鎮で公害問題を追及している男性(28)は語気を強める。「06年から汚染と中毒を訴えてきた。政府の対策が遅れたから、被害が拡大したんだ」
閉鎖された工場への取材が鎮政府から許可された。「楽しく仕事をして、平穏に自宅へ帰ろう」と敷地内に書かれたスローガンとは裏腹に、原材料の袋の多くは破れ、黄土色の物体が流れ出し、廃棄物も放置されていた。製錬所にはほとんど壁がない。高台に立地しているため、風が吹けば粉塵(ふん・じん)が舞う。
鎮政府によると、かまどの灰などの廃棄物を農民に化学肥料として売り、道路の建設材料として配っていたことも住民に被害が広がった理由だという。
05年から工場で働いていた欧陽運河(41)は「おれたちは農民だ。インジウムが何だか分かるはずもないし、仕事に危険が潜んでいるなんて知らなかった」と憤る。
工場では長さ約20センチのゴム手袋をしていただけで、マスクもせず、薬物や粉塵で汚れた作業服のまま自宅へ帰っていた。11歳と9歳の娘は、鉛の血中濃度が基準値の1.5~2倍となり、入院して解毒の点滴を受けている。
農業収入よりましだからと、3交代の24時間体制で勤務し、08年には月1500元(約2万円)まで賃金も増えた。だが、代償がこんなに大きくつくとは思ってもみなかった。
市衛生当局によると、工場から半径1200メートルだけでも、577人の尿中カドミウムが基準値を超えていた。鎮中心病院の小児科や内科病棟は、解毒の点滴を受ける患者であふれている。
陝西省宝鶏市でも8月、汚染源の工場近くに住む児童731人のうち、615人の血中鉛が基準値を超えていることが判明し、亜鉛の製錬工場が全面停止となった。マンガン、クロム、ヒ素など、最近明らかになった汚染も後を絶たない。
中国にも環境保護法や水質汚染防止法はあり、対策は進めている。しかし、無許可操業が後を絶たないうえ、都市部から環境意識の低い農村部へ工場が次々と移り、汚染が広がっている。
日本でもかつて、カドミウムが原因でイタイイタイ病が発生した。50~70年代の高度経済成長期には、メチル水銀が原因の水俣病、大気汚染による四日市ぜんそくなどの公害が発生した。それと同じ現象が今、世界第2の経済大国になろうとする中国で繰り返されている。
重金属に汚染された耕地は約2000万ヘクタールにのぼり、中国全土の耕地面積の約20%を占める、との中国科学院生態研究所の指摘もある。
中国はインジウム、タングステンなどの産出が世界一の「レアメタル大国」だ。日本も必要量の多くを中国に依存している。中国政府が輸出を事実上規制するほど内外からひっぱりだこだ。それだけに「金もうけ」が汚染対策に優先しがちな面は否めない。
鎮頭鎮の村民は、健康被害の補償を求め、今も政府と闘い続けている。正門には、怒りの声がペンキで記されていた。
「新鮮な空気、美しい自然、健康な子供たちを返せ。私たちにだって生存権がある」
(文中敬称略)