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6人にほぼ1人が失業する米ミシガン州デトロイト。「厳冬」の時代を迎えた自動車産業を代表する街で、あるホテルのバンケットルームだけが熱気に包まれていた。
「アメリカンドリームからチャイニーズドリームへ。発展する祖国で一緒に夢を追いかけよう」
9月11日夕刻。北京に本社を置く商用車メーカー、福田汽車の求人説明会だ。技術担当のトップ、 ウー・シュエビン(44)が、中国語で熱弁をふるっていた。給料など待遇は現状を保障。実績次第でアップする。「発展の空間はより広い」。力説するウー自身もデトロイトからの帰国組で、成功者の一人だ。

出席者はざっと200人。ほとんどが米国の大学院で学び、そのまま現地で自動車関連企業に就職した中国人技術者たちだ。40歳前後だろうか。分厚いステーキをほおばりながら、値踏みをするように聞いている。
「彼はクライスラーを一時解雇された人。博士号を米国で取った。ああ、そこの彼もだ」。記者(吉岡)の近くに座った男性が耳打ちしてきた。米国籍を取得した人、日本企業で働いたことがある人もいる。
福田汽車は、1996年設立の国有企業だ。国内や新興国の需要増を背景に急成長し、年産は50万台規模。商用車では中国のトップ企業にのしあがった。
この日提示したポストは、筆頭が「国際買収業務担当副社長」。続いて「高級エンジニア」が多い。配られた「海外人材募集明細書」には、「車両先行技術」「新エネルギー車電気制御」「ハイブリッド」「電池管理系統開発」といった職種がずらりと並ぶ。ブラジルやタイの子会社社長といった中国外勤務もある。
デトロイトの中華商会のホームページには、トヨタ自動車やホンダと中国で合弁する広州汽車の求人票が掲載されている。同会によると、6月ごろから毎月のように中国系企業が人探しにやって来るようになった。カリフォルニアのシリコンバレーではIT(情報技術)産業が、ニューヨークのウォールストリートでは金融業が、似たような会合を開いているという。
米系部品会社に勤めている30代の男性が、淡々と解説してくれた。
「中国企業は、今ならアメリカを安く買えると考えているんだ。企業も人材も『底値買い』のチャンスだ、とね」
住宅ローンの焦げ付きに端を発した米国の金融危機は、あっという間に世界を覆った。疲弊した先進国マネーが鳴りを潜めるなか、相対的に痛手の少なかった中国マネーの存在感が一気に増した。
とりわけ、ここにきて中国が積極的な「買い」に入っている一つが、自動車産業だ。
ホテルからほど近い場所に本社を置くデルファイは、ゼネラル・モーターズ(GM)の一部門から独立した部品会社。05年10月に倒産した(09年10月に再建)。そのブレーキ・サスペンション部門を8月、京西重工(北京市)が約1億ドル(約90億円)で買収した。
京西重工は、自動車産業の強化を切望する北京市政府の肝いりで、デルファイを取得するために設立された。この買収でフランスなどにある8工場、五つの技術センターも一気に手に入れた。
フォードが売却を決めているスウェーデンの高級車ブランド「ボルボ」の買収で、たびたび名前が挙がるのは吉利汽車(浙江省)だ。その吉利は3月下旬、世界第2位の変速機メーカー、豪ドライブトレイン・システムズ・インターナショナル(DSI)の買収(約5460万豪ドル=約44億円)を決めた。DSIの倒産後、わずか2カ月足らずで合意にこぎつける早業だった。
四川の重機会社もGM傘下の「ハマー」ブランド買収で合意し、最終的には断念したものの、北京の自動車メーカーが、やはりGM傘下のオペル買収に名乗りを上げた。GMとトヨタ自動車の合弁会社で、生産中止が決まった「NUMMI」には9月15日、中国の視察団が訪れた。
自動車産業は、20世紀の繁栄の象徴。その「底値買い」にアクセルを踏む中国の姿は、まるで「発展の時差」をカネで埋めようとするかのようだ。
80年代、台頭した日本マネーは米国内の一部に激しい反日感情を引き起こした。今、中国の「米国買い」はどうみられているのか。
デトロイトの地元ウェイン郡長のロバート・フィカーノに会った。

フィカーノは「中国はワールドプレーヤーになった。その活力を取り込むんだ。我々は資金と雇用を得て、頭脳基地として自動車技術を創造し続ける」と、互いの「実利」を強調した。
「それに、ね」。フィカーノは続ける。「GMやクライスラーは米政府がカネをつぎ込んでいるし、フォードはフォード家の関与が強い」。部品会社や落ち目のブランドはともかく完成車メーカーという本丸には「買い物」が及んでいないからか、冷静だ。役所内に新しく「GATEWAY TO CHINA(中国への入り口)」と名付けた組織を設け、中国西部の重慶市などに事務所も開設した。

2009年、中国は自動車の生産・販売ともに1000万台を上回る。生産台数で日本を、販売台数で米国を抜き、初の「世界一」に躍り出る。
来年には、国内総生産(GDP)でも日本を抜き、世界2位へと浮上することが確実視されている。
「規模」の優位は、ほぼ手中に収めた。次は「質」。中国の買収の矛先は、日本にも向かいつつある。
