
![]()
今年7月13日、中国を訪れた海上自衛隊の幕僚長、赤星慶治に中国海軍司令官の呉勝利はこう語った。
「将来、空母を保有しないというのは不可能だ。国民も支持している。保有時期は国家として総合的、慎重に判断する」
3月の浜田靖一防衛相(当時)と中国の梁光烈国防相による日中防衛相会談でも似たようなやりとりが交わされた。中国側は意図的に同じメッセージを繰り返して発信しているようだ。
これに対して日本政府は表向き、目立った反応はしていない。09年版の防衛白書も、空母について「技術の研究開発を進めていると考えられる」と淡々と書いてあるだけだ。
ただ、浜田は「空母を建造した後に部隊を作り、戦術訓練するとなれば、膨大な費用と時間が必要だ」と指摘しつつ、「海軍力を増強しようという意識は明確にある。空母建造の意思と経済発展の裏付けとなる予算があるということだ。それが目指している方向は何か」と警戒する。
「沖縄に総領事館を置きたい」
政府筋によると、そんな非公式な打診が日本政府に伝えられたのは、昨年末のことだった。
ちょうど今年1月1日に日本は中国・青島に総領事館を開設。その交換条件として中国は沖縄での開設を求めてきた。
日本側は難色を示し、結局、打診は撤回されて、新しい総領事館は新潟になった。鈴木宗男衆院議員がこの事実を質問主意書で問いただしたが、政府は「日本国政府と中華人民共和国政府との間でご指摘のようなやり取りが行われたとの事実はない」と公式には否定している。
総領事館設置は中国外務省の所管。もともと指揮命令系統が曖昧な国であり、国防省や軍の意向が働いたとは言えないが、沖縄には在日米軍基地が集中しており、安全保障政策上の重要拠点であることを考慮して、中国側の打診を断った可能性も否定できない。
空母計画と並行するように、中国は昨年秋以来、日本近海での活動を活発化させている。


まず昨年10月。東海艦隊に属するソブレメンヌイ級駆逐艦をはじめとする計4隻の戦闘艦が、津軽海峡を通って太平洋へと抜けたことが確認された(本編2-1)。これまで情報収集艦が通過したことはあったが、海軍の主力である戦闘艦艇が姿を現したのは初めてだ。この艦隊はその後、太平洋を南下して沖縄本島と宮古島の間を通り、日本列島を一回りした。
直後の11月には、北海艦隊に所属する最新鋭のルージョウ級駆逐艦など4隻の部隊が、沖縄本島と宮古島の間を通過して太平洋に出た。
一連の行動は、それぞれ事情や背景が違うものの、総体的に見れば、中国側が海軍の近代化で成果を上げ、海洋における影響力の行使に自信を持ち始めたことを物語る。とくに海軍トップの呉は、海軍力の増強と役割の拡大に強い意欲を持っているとされる。
日本は、高まる中国の海洋パワーにどう対応しようとしているのか。
日本の海上自衛隊と中国海軍の間では、相互の信頼醸成の仕組みとして、制服組のトップ同士の会談や艦艇の相互訪問が始まっている。だが、そのレベルは米中間に比べるとはるかに低い。しかも、日本にあって米国にはない「領土問題」、そして歴史問題が横たわる。
今年4月に青島であった国際観艦式には、米国、ロシア、韓国など計14カ国から21隻が参加したが、海自の艦艇は招かれなかった。中国側は、7月に訪中した赤星に対し「経験や予算などにかんがみ、海軍交流が盛んな国の艦艇を優先して招待した」と説明したが、日本側は中国国内の反日感情に配慮したものと受け止めている。
昨年5月の四川大地震の際、救援物資輸送のためいったん航空自衛隊の輸送機の派遣が浮上しながら最終的に見送られたことと合わせて、「日本の軍隊」に対する中国世論の反発と不信感が依然根強いことをうかがわせた。
そうしたなか、日本では9月に自民党に代わって民主党が政権を獲得し、55年体制崩壊後、初の本格的な政権交代が実現した。中国側では基本的に歓迎する空気が強い。
小泉・自民党政権のもとで日中間の最も大きな障害となった首相の靖国参拝について、鳩山自身が「参るつもりはない」と明言。9月のニューヨークでの鳩山・胡錦濤による初の首脳会談でも、鳩山は植民地支配と侵略への反省と謝罪を表明した95年の「村山談話」を「踏襲する」と語っている。
歴史問題を乗り越えて中国と新たな関係構築を進める姿勢を鮮明にしている鳩山政権だが、中国の海洋パワーをめぐっては、不透明感が漂う。
今年7月、共同開発で合意している東シナ海のガス田「白樺」(中国名・春暁)に、中国側の船が横付けされるなど、単独開発の再開ととられかねない行動が観測された。鳩山・胡会談で鳩山は「友愛の海にしたい」と述べたとされたが、「最近の中国の動きは真意が見えない」と苦言も呈したという。
10月10日の日中首脳会談で、互いの「真意」を交わすことができるか。「中国、韓国をはじめ、アジア諸国との信頼関係の構築に全力を挙げる」。民主党がマニフェストで中国に触れた部分は、この一文だけだ。
(文中敬称略)
加藤洋一(かとう・よういち)
56年生まれ。
政治部、アメリカ総局長などを経て
09年から編集委員
───
峯村健司(みねむら・けんじ)
74年生まれ。
大阪社会部などを経て
07年から
中国総局員(北京)
───
佐藤武嗣(さとう・たけつぐ)
68年生まれ。
政治グループ記者
などを経て今年9月からGLOBE記者