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エルピーダ。「希望」という意味のギリシャ語である。
その名を背負った日本で唯一のDRAMメーカー「エルピーダメモリ」は、つい数カ月前まで「絶望」の淵にあった。
エルピーダを追い込んだのは、昨年秋のリーマン・ショックだった。

DRAMはパソコンやデジタル家電には不可欠な半導体記憶装置。各社がパソコン需要の拡大をにらんで増産したものの、ここ数年、思うように需要が伸びず、世界的に供給がだぶついていた。
そこに昨年9月、リーマン・ブラザーズの経営破綻が起きた。金融危機と深刻な不況が世界中に広まり、DRAMの価格は大幅に落ち込んだ。
世界5位のDRAMメーカーであるドイツのキマンダは今年1月に破綻。世界3位のエルピーダも、今年3月期で純損失額が1788億円に膨れ上がっていた。
DRAMメーカーで生き残れるのは、世界最大手の韓国サムスン電子くらいとの見方が広がる。エルピーダの存続も危ぶまれた。
そうしたなかで、東京では日本政策投資銀行(DBJ)や民間銀行の幹部、官僚による極秘の会議が繰り返されるようになっていた。
DBJは政府系金融機関の象徴的存在だったが、小泉改革を受けて、昨年10月に株式会社に変わり、民営化のスタートを切ったばかりだった。だが、そのDBJが、政府の意を受け、エルピーダ救済のカギを握ることになる。
今年6月18日夜。東京駅のすぐそばにある八重洲富士屋ホテルの会議室に、20人近い男たちが足早に入って行った。

エルピーダへの支援内容を協議するための3回目の会議だった。みずほコーポレート、三菱東京UFJ、三井住友、住友信託の大手行にDBJ、経済産業省の幹部たちが顔をそろえた。
経産省でIT産業を所管する商務情報政策局の審議官・木村雅昭の言葉で、会議は一気に緊迫した。「(投融資額が)まとまるまで、この部屋からは出られません。まとまらなければ、エルピーダはつぶれます」
それまでの交渉では、DBJと大手4行が負担額で折り合えず、協議は難航。経産省が直接、調整に乗り出す異例の事態となっていた。
DBJにはエルピーダへの300億円の「出資」と100億円の「融資」、大手4行には900億円の「融資」が要請されていた。ただ、DBJはエルピーダが破綻しても、政府が新しい仕組みを導入し、出資の損失の8割が3年間、補填されることになっていた。
これに対し、政府保証なしで融資する大手行は「負担金額や条件が不公平だ」と譲らない。
エルピーダはもともと、NECと日立製作所のDRAM部門を統合し99年にできた会社で、後に三菱電機の部門が合流した。経産省が日本の産業競争力を強める目的で設立に深く関与した。経産省「直轄」の日の丸半導体企業ともいえる会社だ。
経産省の木村はこの数カ月間、エルピーダ救済のために奔走した。台湾のDRAMメーカーから打診のあった資本提携をまとめるため、台北にも足を運んだ。この提携を成功させるためにも、国内の金融支援をまとめる必要があった。
「残された時間はない」。経産省とDBJによる大手行への説得は続き、会議は深夜に及ぶ。DBJや経産省の幹部が口をそろえた。「みんな同じ船に乗っているんですよ」

民間銀行やDBJは既にエルピーダに巨額の融資をしている。ここで支援せずにエルピーダが破綻すれば、全員が大きな痛手を被る。経産省とDBJが大手行を押し切る形で支援額が決まったとき、時計の針は午前0時を回っていた。
DBJは昨秋、2013~2015年の完全民営化を目指して船出した。ほぼ同時に金融危機が起き、政府による企業救済策を支える主役となった。
DBJの役員はその衝撃を「運動会の徒競走でスタートダッシュした直後、やめろと言われたようなものだった」と振り返る。
政治家や官僚たちが金融危機を乗り切るための対策を協議するなかで、DBJの運命は再び大きく揺れはじめた。
(文中敬称略)