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「水」が、足りない

[Part3] 日本の水道に迫る危機 更新進まず、細る財源

岩手県盛岡市から南へ電車に揺られること約20分。駅を出て、車で町を走ると、 田んぼに囲まれたのどかな風景が広がる。
人口約3万4000人の紫波町は、07年、浄水関連の事業を一括して民間企業に委託したことで知 られる。
「この町でわき出る水はそのままでも飲めるほどきれいですよ」。07年 12月にできた「赤沢浄水場」を水道事業所長の高橋正が案内してくれた。

民間企業に設計、建設、運営を委託した岩手県紫波町の「赤沢浄水場」と高橋正・水道事業所長=4月30日、野島写す

ステンレス製の小屋のような施設に入ると、ストロー状の膜が入っている筒形の装置が12本並ぶ。ポンプでくみ出したわき水をこの装置に通して処理し、1日に500トン(1600人分)が給水できる。

この設備は、官民協力のやり方の一つ、DBOと呼ばれる方式で建設された。行政が資金調達を担い、設計、建設、運営は民間企業に任せる。民間企業は資金の負担をせずにすむので、民間参入が促される。結果的に建設や運営コストを抑えることを狙っている。

紫波町は07年3月、DBOによる浄水場建設と同時に、既存の水道設備の運転や維持・管理の第三者委託業務も入札にかけた。コンサルタント会社を入れず、数人の職員で慣れない作業に当たった。
町には小さな水源が9カ所、浄排水設備は68カ所もある。「小さい町だと民間が入る妙味は少ない。浄水場建設だけでは振り向いてもらえなかった」と高橋は話す。委託範囲が広がったことで、興味を示した4社が応札。1社を選んだ。

事業をすべて行政が担った場合は4億7500万円かかると見積もったが、民間に委託したことで行政負担は2億8700万円に減ったという。

民間委託、促す政府

紫波町は4年後、18億円かけて町内の別の浄水設備を更新する予定だ。これも建設と運営管理を入札にかける。それでも建設後に水道料金を16%程度上げざるを得ない。 「これ以上、値上げしないためにも民間の力は必要」。高橋は力を込めた。

地方自治体がその管理運営を担ってきた日本の地方水道事業は、曲がり角に立つ。
高度成長期に造った配水管や浄水設備の更新、耐震化の工事などで出費がかさむが、多くの地方自治体で人口は減るうえ、節水意識も手伝って水道料金収入は頭打ち。ただでさえ財政事情は厳しく、対応は年々難しくなる。

紫波町では、配水管の更新に年1億円と見積もると、更新を終えるには370年かかってしまう。
さらに、水道に携わる職員の高齢化が追い打ちをかける。50歳以上が半数近くを占める自治体が多く、彼らが退職すると、技術の伝承も難しくなる。
政府は地方自治体に対し、民間企業への業務委託を進めたり、周辺自治体との広域的な業務連携を図ったりして、安定的に水道事業を続けることを促している。
厚生労働省によると、民間企業に委託した事業数は、02年の2件から08年には101件まで増えた。

全国で水事業の運営管理を請け負ってきたジャパンウォーター前社長の水谷重夫(三菱商事の水・環境ソリューションユニットマネージャー)は「広域的に事業を任せてもらえれば、さらに民間企業の利点が生かせる」と話す。複数の自治体の事業を一括して管理することで、より効率的に事業ができるとの考えだ。

都市部の自治体では、独自に創意工夫を始めたところもある。周辺の小規模自治体の運営管理を受託したり、海外での事業拡大を狙ったり、といった手法だ。大阪市は中国などへの浄水技術の提供を準備している。横浜市は東南アジアなどに人材を送り込み、技術協力をしているほか、民間企業と組んでの運営委託もにらむ。

「丸投げ」への懸念

一方で、そうした民間委託や水道事業の広域化の流れに抵抗を見せる自治体もある。
岩手県紫波町のすぐ隣。矢巾町もその一つだ。上下水道課主任主事の吉岡律司は「民間が我々より効率的にできるなら、やってみて欲しい」。町人口は2万7000人。水道事業は97年から無借金経営で、減価償却の範囲内で更新投資も続けている。

岩手県矢巾町が、住民の有志を集めて開いた勉強会。「利き水」をしたり、住民からの水道行政への提案を受け付けたりした=同町提供

浄水場や配水管など資産の劣化状況を細かく把握し、効率的に更新投資をするアセットマネジメントの考え方を導入。50年先までの施設状況を見越して、設備更新や財務計画を15年、5年単位に落とし込む。毎月の決算は住民に公表している。
行政の水道事業への姿勢を理解してもらおうと、住民への要望の聞き取り調査や住民有志を集めた水道事業の勉強会も開いている。
「民間委託の利点は理解するが、丸投げになっていないか。行政ができることもあるのに」。吉岡は顔を曇らせる。

行政による「丸投げ」が進めば、民間の仕事について点検すらできなくなって、安全性などが損なわれるケースもあり得る。完全民営化しない限り、水質や安定供給の最終責任は行政にある。民間のチェックという仕事は行政が担い続けなければならない。
紫波町の高橋も「委託した仕事の監視が今後も大きな課題」と認め、手法を探っている。
どうやれば「安全と効率性」が両立できるのか。日本の各地でも、試行錯誤が続く。

(野島淳)

[文中敬称略]

取材記者略歴

梶原みずほ(かじわら・みずほ)
1972年生まれ。
大阪・社会部、政治部、be編集グループを経て、GLOBE記者。

鈴木淑子(すずき・よしこ)
1963年生まれ。経済部、be編集グループなどを経て、東京総局記者。

浜田陽太郎(はまだ・ようたろう)
1966年生まれ。アエラ、経済部などを経て、生活グループ兼GLOBE記者。

野島淳(のじま・じゅん)
1973年生まれ。大阪・東京の経済部などを経て、GLOBE記者。

石合力(いしあい・つとむ)
1964年生まれ。カイロ、ワシントン特派員などを経て、GLOBE副編集長。

表紙写真
小寺浩之(こでら・ひろゆき)
1965年生まれ。
雑誌編集者を経て、静物写真の世界に。日本写真家協会会員。

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