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「水」が、足りない

[Part1] 水メジャーの足元、パリ市の離反
再公営化の衝撃

パリ市を二つに分かち、ゆったりと流れるセーヌ川。その右岸と左岸では、街の雰囲気が変わるばかりか、市民に給水する水道会社まで違っている。
右岸がヴェオリア、左岸がスエズ。
世界の2大「水メジャー」企業の本拠地がパリなのだ。ともに100年以上の歴史をもつ。両社をあわせると、世界で2億5000万人以上が上水や下水のサービスを受けている。

2社が担ってきた給水や料金徴収を含め、パリ市内の水道サービスが来年、150年ぶりに「公営化」される。
市長(社会党)が再選に向けてぶち上げた公約の一つが「水道事業の再公営化」だった。市長は昨年3月に再選され、水メジャーのおひざ元での「メジャー離れ」が確定した。

水は「共有財産」

4月27日、記者(浜田陽太郎)は、「水道改革」を担当する副市長アンヌ・ル・ストラットを訪ねた。
「水は、自然から与えられた人類の共有財産。短期的な利益のために動く企業に任せられないでしょう」
「緑の党」に所属していたこともあるストラットは、そう語る。

パリ市で「水道改革」を担当する副市長アンヌ・ル・ストラットは弱冠40歳=浜田写す

パリでは、25年前に比べ、水道料金が3倍以上値上がりし、市民の不満が高まっていた。
「複雑に入り組む供給体制を一本化すれば、水道料金を安くできる。企業なら株主に回るお金を、公営なら設備更新に使えます」

水道が政治課題に浮上したきっかけは、消費者連合によるキャンペーンだった。
商品テストを目玉として発行している雑誌で、主要都市ごとの「適正料金」を、外部の専門家と連携して試算。パリで38%、マルセイユでは56%も割高といった特集を組んだ。

発行部数50万の影響は大きかった。担当スタッフのフランソワ・カルリエは「民間企業との契約について自治体や住民の意識が高まったし、料金を引き下げた都市もあった」と満足げだ。
異論もある。水道の専門家、アグロ・パリ工科大学校教授のベルナール・バラケは「あの試算は、現実を反映していない」と批判する。

パリ市に本部を置く「消費者連合」で水問題を担当するフランソワ・カルリエ(35)。手に持つのは、07年に、同連合が発行する雑誌で水道料金を特集した=同上

バラケの分析では、80年代にインフレ対策で公共料金が人為的に抑えられた結果、設備更新が先送りされた。そのツケが90年代以降に回った上、環境基準への対応も重なり、値上げに結びついた。また、水の消費量が減ったのにコストは変わらないため、単価を上げざるをえなかったという。

バラケは「再公営化した方が効率化されて料金が下がる、といった単純な話ではない」と考える。

パリ市内を一歩出れば、全く違った空気も流れる。
パリ郊外の144の市町村が加入するイル・ド・フランス水道事業組合は、ヴェオリアとの契約が切れる2010年末以降も、民間委託の継続を決めている。
組合長を務めるアンドレ・サンティーニは「企業が競争することで水道サービスは向上し、料金は下げることができる」と話す。

パリ市が水メジャー企業を追い出したことで、フランス企業の国際的なイメージが悪化した、とも指摘。「我が国が強みを持つ原子力発電、TGV(超高速新幹線)やエアバス(旅客機)の海外への売り込みに影響するんじゃないかね」と心配する。

ボリビアの「水戦争」

果たして、パリ市の「実験」は成功するのだろうか。
そんなことを考えながら、5月2日、帰りのエールフランス機に乗りこんだ。機中見た映画は、ジェームズ・ボンド・シリーズの最新作「007慰めの報酬」。
悪役はフランス人俳優が演じる。南米ボリビアで政府転覆を狙う軍人に資金を提供し、見返りに水資源の60%の独占を企てるというストーリー。フランスの水メジャーを意識した設定なのだろうか。

「誰も我々の水を奪うことはできない」とプラカードを掲げて抗議する住民。南米ボリビアのコチャバンバでは水道事業の民営化後に料金が大幅に値上がりし、00年に暴動が発生した=AP

ボリビアは、実際に「水戦争」が起きたことでも有名だ。
同国の大都市、コチャバンバは90年代後半、水道整備のため世界銀行の融資を利用した際、民営化を進めた。米国の大手ゼネコン、ベクテルの子会社が受注した。

その後、水道料金が大幅に引き上げられ、怒った住民が00年に蜂起。200人近い死傷者を出す暴動に発展した。ベクテル側は撤退を余儀なくされ、水道は公営に戻った。

コチャバンバは、世銀などの「民営化路線」に反発するNGOにとって、英雄的な都市となっている。
映画を見終わって、パリで会ったばかりの経済協力開発機構(OECD)の水問題担当者、ブレンドン・ギレスピの言葉を思い出した。

「民間企業が投資したお金をすべて使用者から水道料金として回収しようとすると、貧困層には払いきれないほど高くなる。民間への丸投げは適切ではないという教訓を、国際社会は学んだ」

先進国で水事業を効率的に運営することと、途上国の貧困層に水が行き渡るようにすることを、同列には論じられない。しかし、民間に任せさえすればうまくいくという神話は崩れ、官と民の役割分担の模索が始まっている。
(浜田陽太郎)

[文中敬称略]

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