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今年3月、経済産業省環境指導室長の中村吉明は、シンガポールでハイフラックスや政府を回り、情報収集をしていた。
印象に残ったのは、シンガポールが明確な「水」の国家戦略をもち、自国の水関連企業を育てつつ市場を創り出していることだった。
水ビジネスは、ヴェオリア(仏)、スエズ(仏)など「水メジャー」とよばれる企業が世界市場で大きなシェアを占める。そこに、GE(ゼネラル・エレクトリック、米)、シーメンス(独)やシンガポール勢が食い込みを目指しているのが、いまの構図だ。
「シンガポール政府がハイフラックスなどの企業に国内での実績を積ませることで、企業が海外で受注しやすくなる。政府が世界中のビジネスマンを集めるイベントを開くのも効果的だ。商談が成立しやすい」
中村から聞いた話を思い出しながら、シンガポールの街を歩く。昼すぎに激しい雷雨に見舞われたせいか、蒸し暑い。
あちこちに噴水や水を使ったオブジェがあり、貯水池ではカヤックやボート、水遊びを楽しむ人たちがいる。人気の観光スポットはビーチの入り江でのイルカショー、音楽とレーザー光線が彩る噴水ショー……。どの風景を切り取っても、水は潤沢にみえる。
シンガポール政府の水戦略を担う役所、PUB(公益事業庁)の施設を訪ねたのは、4月3日だった。
「どこにでも水がありますね」と女性職員に軽い気持ちで聞くと、「とんでもない」という答え。「ライフラインである水の確保は建国以来、国家の存亡にかかわる大きな課題なのです」

施設の看板には、「NEWater」とある。漢字で「新生水」。
通常、トイレや台所の排水や工業廃水は最低限の下水処理をして川の下流に戻す。海や川から蒸発した水が雨となって降り、浄水場を通って飲み水になるという循環だ。
しかし、新生水は、下水処理した水をさらに浄化して再利用するのだという。雨水、輸入水、海水淡水化と並ぶ「四つの水源戦略」の一つが、新生水なのだ。
職員が真っ先に案内してくれたのは、ガラスケースに収められたペットボトルの数々だった。
「2002年7月29日 NEWaterのボトルの始まり」。1本目のボトルにこう説明書きがあり、年ごとに色やデザインを変えたボトルがずらりと並んでいた。
03年から主に工業用水に利用されており、いまはシンガポールで消費される水全体の15%を占めている。
飲料水として飲めるレベルまで浄化され、これまでイベントなどで1000万本が無料配布された。
新生水の一部はすでに貯水池を通って、家庭の水道水へと流れ込んでいる。
そこまでする理由は何か。
シンガポールの狭い国土には大きな河川がなく、雨水をためる土地も少ない。2キロ先のマレーシア側から、3本のパイプラインを通して供給される水に大半を頼ってきた。

しかし、2011年と2061年に段階的に供給協定が切れる。期限切れを前に、マレーシア側が価格のつり上げを要求し、交渉が暗礁に乗り上げている。案内役の職員は「来年、新生水の割合を30%に引き上げる」と続けた。なるべく早く水の完全自給をめざしているという。
この国が、水確保に必死になるのは、隣国に飲料水を握られている恐怖からだった。それが、ハイフラックスなどの企業群を育てる動機につながるのだ、と腑に落ちた。
さて、シンガポールから日本に持ち帰ったお土産は、「NEWater」のペットボトル3本。
「下水から製造したんだよ」というと、同僚たちは珍しがるが、だれも飲もうとしない。
透明なコップに入れてみる。にごりはない。においも全くない。
おそるおそる飲んでみた。ほのかに甘いような……。いや、気のせいかもしれない。
(梶原みずほ)
[文中敬称略]