![]()
![]()
「乗ってから判断して下さい」。自動車メーカーやベンチャーの開発者を取材で尋ねると、まずこう言われる。技術的なすごさを1時間聞くよりも、体で感じてみて初めてわかることがある。「百聞は“一試乗”に如かず」だろうか。
川崎市の慶応大学新川崎タウンキャンパスに、8輪車の電気自動車「エリーカ」を開発した清水浩教授を訪ねたのは3月半ばだった。ここ数年、多くのメディアに登場している。大学の研究室から電気自動車を生み出した第一人者だ。

研究室で、電気自動車の利点や開発に向けた思い、課題を聞くこと約2時間。「じゃあ、行きましょうか」。清水教授は穏やかな口調でそう言うと、すっと席を立った。研究棟1階の壁にあるドアを開ける。たくさんの計器が棚に積まれた自動車整備工場のような空間に、シルバーに光る車がある。エリーカだ。
車高が低く、フロントが長い流線形の風貌に、つり上がった大きな目のようなライト。前後に四つずつ付くタイヤ。いかつい、やんちゃな表情だ。見るからに重量感がある。清水教授がまずキャンパス内にあるサーキットを1周。その後、助手席に乗せてもらった。
バックストレートまでゆっくり音もせず走ると、清水教授が言った。「この直線を加速します。そのカメラは置いて」。動画撮影もしようとビデオカメラを構えていたのだが、教授はとにかく、自分の体で感じて欲しかったようだ。カメラの電源を落として膝に置いた。
長さ約140mのバックストレート。教授がアクセルを踏み込むと、ぐっと背中が座席に押しつけられた。胸が圧迫される。視野が急に狭くなった。戦闘機に乗ったことはないが、瞬間的に、アニメ「機動戦士ガンダム」の主人公アムロが「行きます!」と言って飛び立つときにG(重力)を感じる描写が頭に浮かんだ。
この間、わずか3秒ほど。時速200kmは出ている気がした。壁が迫ってきて、「あ、止まらない」と思った瞬間、教授がブレーキをかけて減速した。後で聞くと、時速90kmくらいだったらしい。あまりに加速がよく、倍の速度に感じたのだ。清水教授は「車は時速じゃないんです。加速力。前向きにかかるGって楽しいはずなんですよ」。前に向いて走るのは動物の本能。車に乗ってスピードが上がるとワクワクするのは、人間の素直な反応なのだろう。
清水教授は幼い頃から車好きだった。高校時代、先輩に乗せてもらった250ccバイクの加速が忘れられなかった。将来は自動車関連の仕事につきたいとも思っていた。だが60年代、大気汚染や交通事故死が社会問題になっていた。

迷った結果、大学では応用物理を専攻した。環境問題にかかわりたいという熱意から大学院ではレーザーを研究。大気汚染の測定装置などを作った。卒業後は、当時の国立公害研究所(現・国立環境研究所)に入所。プロジェクトを一つ終えたとき、本当に自分がやりたかったことを考え直した。
そうだ、車だ。車を作りたかったんだ。しかも、環境問題を考えれば電気自動車ではないか――。1979年。当時、多くの研究者はサジを投げていた。電池のもちが悪く、重く、長い距離を走れない。だが、発想を変えればいい、と思った。空気抵抗や走るときの摩擦を極限まで減らせば、もっと長く走れるはずだ。それから30年。企業や政府の支援を得て、8台の車を作り続けた。車の価値は「加速、広さ、乗り心地」の三つだと信じて。
話を聞いていると、趣味の車を作っているのではないのがわかる。環境問題に貢献し、しかも、乗る人が走る面白さを実感してこそ、車の意味があるという熱意も伝わる。それを追求したのがエリーカの車体構造だ。床下に空間を持ったフレーム構造とし、そこに電池類を敷き詰める。これで人の居住空間が確保できる。モーターをタイヤに内蔵した8輪車にした。走行時の摩擦を少なくし、車体も安定するので、エネルギー効率を高められるのだという。「10万台作れれば安くできる」。10万台つくるには何百億円も投資が必要だろう。それでも、研究室から電気自動車を市場に出したいという夢は捨てていない。
エリーカはもう、「終わった車」なのだそうだ。もちろん、すでに完成しているからだが、清水教授の追求は尽きない。「出来損ないだ。だいたい、何でガソリン車と同じような形なのか。電気自動車には、独自の形があるはずだ」

携帯電話は化粧のコンパクトのような形へと変化した。カセットテープを入れていたヘッドホンステレオも、薄く、小さくなった。技術革新が進み、目的や機能に合わせて機械の形は変わる。気づかぬうちに、多くの消費者の手に行き渡る。電気自動車も、特性を生かした、最も良い形があるのかもしれない。
清水教授によると、既存コンセプトの工業製品が新機軸の商品に代替するのに、約7年かかっているのだそうだ。携帯やCD、デジタルカメラが固定電話やレコード、銀塩カメラなど、もともと存在していた商品を駆逐した期間が当てはまるという。一方で、今までにない、全く新しい製品が登場して普及するまでには、20年かかるという。1908年に発売された「T型フォード」のような量産ガソリン自動車も米国で発売から約20年、日本でも戦後約20年を経て乗用車が普及した。
電気自動車に商業的な課題は山ほどある。清水教授が言うほどには加速力がなくてもいいかもしれない。だが、自分の体では実現できない「走り」に対する人間の欲求がなくなることはないだろう。しかも、排ガスも二酸化炭素もまき散らさない車だ。20年後。「へえ、お父さんのころはガソリン車だったんだ」と骨董品を眺めるような顔をした娘が運転する電気自動車で、親子ドライブを楽しんでいる自分の姿が思い浮かんだ。
(野島 淳)