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現地取材記 深まる危機のなかで

[第6回] イスラエルの兵役拒否者

「国民には戦争をする以外の選択肢が与えられていない」

私がイスラエルに駐在していた2001年9月に、イスラエルの高校生62人が「ヨルダン川西岸とガザのパレスチナ人地区での封鎖や家屋破壊などイスラエル軍の行為は人権侵害に当たる」として、兵役を拒否する手紙を当時のシャロン首相に送った。
手紙は「私たちは良心に従って、パレスチナ人への抑圧にかかわるのを拒否します。その行為はテロ行為と呼ばれてしかるべきものです」と結ばれていた。当時、その学生の中心的存在だったハガイ・マタルさんと、8年ぶりでテルアビブであった。17歳だった高校生は、25歳の青年になっていた。

2年目の2002年9月には、新たな高校卒業生280人の兵役拒否者の手紙を首相に送った。マタルさんはその後、兵役拒否の罪で軍事法廷にかけられ、2年間服役した。兵役拒否者のうち、46人が服役し、そのうちの6人が2年間だった。マタルさんは、その後、書店などで働いた後、1年前からテルアビブの地方新聞の記者として働き始めた。服役中から通信大学を受け、8年目の今年10月に卒業するという。
兵役拒否で服役したことで、社会的には不利益を被るのか、という質問には、「特に不利益はない。第一、誰も僕のことを覚えていないから」と答えた。ただし、イスラエルでは兵役拒否者は、国の治安が絡む職業に就職できないなどの制約を受ける。

高校生で兵役を拒否したハガイ・マタルさん

 

マタルさんは現在も、「ニュープロファイル」という兵役拒否の兵士などが関わる平和グループや、「分離壁反対アナキスト」というグループに属している。イスラエルは、ユダヤ人がシオン(エルサレムの別名)の地に国を建設することを求める「シオニズム」を国家理念としている。マタルさんはイスラエルをユダヤ人の国と規定するシオニズムを否定し、国内のアラブ系イスラエル人への差別にも反対している。労働党やメレツという左派政党もシオニズムを基盤としているが、シオニズムを否定する左派勢力は、急進左派という位置づけになる。

12月末から3週間続いたイスラエル軍によるガザ攻撃の間、イスラエルの共産党系や反シオニズム系の平和団体や市民団体が集まって、毎日、200人から300人の規模の反対デモを全国の2、3カ所で行い、週末にはテルアビブやエルサレムで大規模な反戦デモを行った。テルアビブであった反戦デモには1万人が参加したという。攻撃の期間中に、イスラエルの警察はデモ参加者800人を逮捕した。マタルさんも3日間、拘留されたという。ただし、イスラエルのテレビ、ラジオなどで、ガザ攻撃反対のデモが報じられることは全くなかった。

イスラエルでは、労働党は和平推進派に分類される。しかし、マタルさんは「労働党は、もう和平派ではない」という。
「労働党は、リクードのシャロン政権の時に連立を組み、その後、リクードから分裂したカディマと連立を組んだ。労働党はリクードやカディマなど右派政党を補完する立場で、和平でも社会主義でも、独自性を出すことはできなくなっている。ガザ攻撃では労働党党首のバラクが国防相で、攻撃を実施した責任者だ。イスラエルで国民が和平に展望をもてなくなっているのも、労働党がリクードやカディマの強攻策に代わる和平案を出すことができなくなっているからだ。イスラエルが67年の戦争で獲得した占領地から撤退すれば、アラブ諸国がイスラエルを承認し、外交関係を結ぶという提案を、サウジアラビアが提唱し、2002年のアラブ首脳会議で採択されたが、イスラエルでは政府が真剣に考慮することはなかった。マスコミも取り上げなかったから、国民は提案についてはほとんど知らない。ハマスについても、イスラエルが西岸やガザ、東エルサレムの占領地から撤退すればイスラエルと停戦をする用意があると言っているのに、そのような提案は、イスラエルではほとんど知られていない。国民は、戦争をする以外の選択肢があると思っていない」

マタルさんは、「労働党が和平派でなくなり、僕たちのような、より急進的な左派が、アラブとの共存を掲げ、和平の道を示している」と語る。しかし、イスラエル軍のガザ攻撃を9割以上のユダヤ系国民が支持する状況で、イスラエルの中で和平派の声が圧倒的な少数派だ。
「大多数がガザ攻撃を支持しているのは、イスラエル軍が撤退した後のガザの状況を知らないからだ。イスラエルではイスラエル軍が撤退したら、ハマスがロケットを撃ってきたと単純化されている。だから、報復のために、攻撃するしかないとイスラエル国民は思ってしまう。イスラエルが撤退した後、ガザは封鎖され、人々の生活が追いつめられているのに、そのようなことは、イスラエルのテレビやラジオ、新聞でも報じられることはない」

マタルさんはイスラエルによるヨルダン川西岸の入植地建設や分離壁建設にも反対している。分離壁によって、西岸の多くのパレスチナの村が分断されている。その一つのバライン村では、4年前から毎週金曜日に分離壁に反対するデモを実施しており、マタルさんも参加しているという。

バライン村に侵入したイスラエル軍の兵士

マタルさんの情報を得て、彼と会った後、そのまま、ヨルダン川西岸のバライン村に行った。村の分離壁反対運動の指導者に話を聞いている時に、ちょうどイスラエル軍のジープが村に入ってきた。銃を持った兵士の中には、高校を出たばかりのような若い兵士もいた。バライン村は分離壁への反対運動を続けているため、イスラエル軍の侵入が頻繁にあり、時には銃撃で村の若者に負傷者もでるという。このときにも、村のはずれで、村の若者による投石に対してイスラエル軍が催涙弾やゴム弾を撃つ騒ぎになった。

8年前にマタルさんら高校生が兵役を拒否した後、予備役の士官らが軍務を拒否する運動が起こった。軍務を拒否した士官らが語ったのは、「西岸で行う軍務は、国防の名に値しない」ということだった。それから8年たった。ハガイさんは、「当時は、兵役を拒否したら、すぐに刑務所に送られていたが、いまでは刑務所ではなく、家に帰らせられる」と語った。
「刑務所に入れれば、徴兵拒否が新聞に出るが、軍が何もしなければ、メディアも取り上げないし、世間の注目を浴びることもない。軍も、それを学んだのだ。だから、軍務拒否の動きは表には出なくなったが、軍務を拒否する動きは続いている。さらに純粋に戦争に反対する者たちが、これまでの左派勢力では反戦に動かないから、より急進左派の運動に参加するという動きも一部では起こっている。そういう者たちは、まさか急進勢力に自分が加わるとは思っていなかったが、戦争ではなく和平を求めようと思ったら仕方ないと語る。だから、いまイスラエルでは、戦争支持の右派と、和平派の急進左派に別れている。労働党のような和平派の中道左派は、いなくなってしまった」

イスラエルで今後、和平への支持が回復する可能性はあると考えるか、との質問に、マタルさんは、「唯一の希望は、国際社会の圧力だ」と語った。
「イスラエルではエルサレムの近くのマーレアドミムのような大入植地を、入植地ではなく、イスラエルの一部だと考えている。イスラエルでは、政府が許可を与えていない違法入植地を撤去するかどうかは議論になり、撤去するというと左派的な政策だと右派が騒ぐ。しかし、入植地はマーレアドミムを含めてすべてが違法なのだ。イスラエルはオスロ合意が始まって以来、和平交渉をしながら、同時に、パレスチナ人の土地に勝手に入植地を作ってきた。すべての入植地が違法だと言っても、多くのイスラエル人には理解できない。同様に、和平のために占領を終わらせると言っても、何が占領か分かっていない。ガザからイスラエル軍が撤退しても、イスラエルがガザを封鎖し続ける事で、占領が続いていると言っても、イスラエル人の多くが、占領のもとでパレスチナ人が厳しい状況に置かれていることが分からないし、そんな現実を見ようとしない。イスラエル人が自分から和平に動くことは期待できない」

「唯一、期待があるとしたら、国際的な圧力がイスラエルにかかって、制裁を加えることで、イスラエルが占領を終わらせることだ。ちょうど南アが国際的な制裁下に追われて、アパルトヘイトを放棄したように、イスラエルも自分から占領を終わらせることは期待できない。イスラエルが占領を終わらせなければ、パレスチナとの和平を実現することはできない。私は、イスラエルが平和を得るためには、国際的な制裁をうけるしかないと考えている」
マタルさんの話を聞きながら、高校生として兵役を拒否する手紙をシャロン首相に出した時から8年たって、イスラエルの状況がさらに展望がないものになっていることを感じた。戦争を拒否し、平和を望むマタルさんの活動が「急進左派」と位置づけられてしまうことに、それは端的に表れている。
(編集委員・川上泰徳)

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