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現地取材記 深まる危機のなかで

[第4回] パレスチナ元報道官が振り返る オスロ合意とその失敗

「必要なのは、交渉することではなく、実施すること」

ハナン・アシュラウィさんは、湾岸戦争後の91年に始まった中東和平国際会議とその後の和平協議で、パレスチナ代表団の報道官として活躍した。93年9月にワシントンで開かれたオスロ合意の調印式には、アラファト議長に随行し、記者会見などで議長のサポートをした。いつも歯切れよく、パレスチナ人の立場から説得力のある説明をする。英文学者であり、人権活動家でもある。パレスチナの知識人や市民社会を代表する存在と感じさせた。オスロ合意の始まりと失敗について、アシュラウィさんはどのように見ているだろう。

ハナン・アシュラウィさん

Q オスロ合意を振り返って、いま、どのように思いますか。

アシュラウィさん 「イスラエルは歴史的な機会を逃したと思います。単にパレスチナとイスラエルの和平の問題だけでなく、この中東全域の和平を成し遂げる機会だったのです。ただ、私は、この合意には大きな問題があると考えていました。私たちがそれまでに議論してきた和平は、難民やエルサレムや入植地など重要な問題を解決してから、付随的な問題の議論に移るというものでした。しかし、オスロ合意はそうではなく、周辺の問題から始めて、核心の問題は後回しにし、それも段階的に実施することになっています。それでは、いつまでたっても何も具体的な変化がありません。一方で、イスラエルはこの間に、入植地を増やし、分離壁を建設し、エルサレムを併合するなど一方的な行動を行ってきました。米国も、EUも、自治政府も、それを止めようとしない。時間がたつほどに、和平は困難になっていく。これは最悪の合意です」

 

Q ワシントンでのオスロ合意の調印の時もそう思っていたのですか。

アシュラウィさん 「そうです。ワシントンに行く前に、(PLOの本部があった)チュニスで草案を最初に見せられた時に、(イスラエルとの交渉責任者の)アッバス氏(現議長)に『これは問題が多い。もっと交渉をしよう』と言うと、彼は『それはできない。これはもう決まっているんだ』と言いました。合意にはよい点もあったが、いくつもの欠陥があった。例えば、合意の実施を保障するものが何もなかった。第3者による検証もなかった。このままでは、合意は形だけになって、悲惨な結末になると言ったのです。私は、オスロ合意に表立って反対することはしませんでした。この合意が、平和を構築するように積極的に関与しました。イスラエルとの交渉にも参加しました。しかし、イスラエルは合意の後も、入植地を拡大して、我々の土地を奪うことをやめなかったのです」

 

Q しかし、イスラエルはパレスチナ側がテロを始めたと非難しています。

アシュラウィさん 「イスラエルは95年にハマスやイスラム聖戦などイスラム組織の指導者を暗殺しました。最初に政治的な暴力を使ったのはイスラエルの方なのです。その報復として、イスラム組織はイスラエルでバスに対する自爆攻撃をしました。パレスチナの人々はイスラム過激派を支持し、それによって社会はますます過激化していったのです。96年にネタニヤフが首相になると、エルサレムのハラムシャリーフ(神殿の丘)のトンネル問題があり、衝突が起こった。2002年にはシャロンはヨルダン川西岸に侵攻し、社会的なインフラを破壊した。イスラエルの暴力は、平和を破壊しただけでなく、パレスチナの中の平和主義や穏健主義を弱体化させ、ハマスやイスラム聖戦などの過激派の勢力を強めることになった。なぜなら、イスラエルが暴力を使うから、同じように暴力を使う過激派が民衆の支持を得たのです」

 

Q アラファト議長はハマスに対してどうのように対処すればよかったのでしょうか。

アシュラウィさん 「重要なことは誰もが法のもとに行動を規制され、民主主義のルールにしたがうということです。アラファトは自分の気に入るものを近づけ、いやな者は遠ざけたり、罰したりするという昔ながらのやり方をして、パレスチナ社会を分裂させた。そのためにオスロ合意の後、パレスチナで『グッドガバナンス(良い統治)』ができませんでした。権力や資金の乱用がありました。アラファトが率いたファタハは特権を持ち、すべてを牛耳ったのです。アラファトは民衆の利益のために機能する効果的な政府や機関をつくらず、自分自身が社会の統一を保つ要の役割を果たしていました。アラファトが死んだ後、パレスチナは中核となる公的な機関もなく、ばらばらになってしまいました。ファタハの幹部は特権を巡って争い、人々はファタハのやり方にうんざりしていました。そこで選挙があり、人々はファタハを罰するために、ハマスに投票したのです」

 

Q オバマ政権については、どう見ていますか。

アシュラウィさん 「ブッシュ政権はそれまでの米国の中東政策を一変させました。そんなブッシュ政権が終わった後にくるものは、なんであれ、よいものです。オバマ政権がよいことは疑いない。

エルサレムとラマラの間にあるカランディア検問所。夕方はヨルダン川西岸からエルサレムに帰るパレスチナ人の列ができる=川上泰徳撮影

ブッシュ政権はイスラエルが国際法を無視してパレスチナを攻撃するのに無条件で支持を与えました。ブッシュが唱えた先制攻撃理論は、イスラエルが作り出し、それを米国が採用したものです。それは先制報復と言って、相手が攻撃するまえに報復するというものですが、そういって攻撃するのです。ブッシュ政権はイスラエルと同じ言語を使って、ヒステリックで過激な軍事行使で、パレスチナと中東に破壊をもたらしました。その結果が、パレスチナで、アラブ世界で、そしてイスラム世界での、過激派の台頭でした。オバマが我々を救ってくれるとは言わないが、少なくとも、ブッシュ政権が中東にもたらした荒廃や破壊から立ち直るために国際社会とともに働くでしょう」

 

Q 今年2月10日のイスラエル総選挙で、和平推進派の労働党が第4党に転落しました。

アシュラウィさん 「彼らはゆっくりと自分の首を絞めてきた。労働党は右派政権と連立を組んで、妥協に妥協を重ねて、(和平を推進するという)自分たちの大義や存在理由を失ってしまった。リクード入植地建設や暴力を止めようとしなかっただけでなく、ガザの虐殺では手を下した。いまイスラエルでは国民の恐怖心をあおって、『治安第一、治安第一』と宣伝して、権力につこうとする。右派や強硬派が主導権をとり、政治は右傾化している」

 

Q 今後、和平交渉が再開されるという期待をもっていますか。

アシュラウィさん 「交渉が再開されることは困難ではありません。ネタニヤフ政権になっても交渉を再開するでしょう。わたしたちはすでに20年近く交渉をしています。しかし、何ももたらさなかった。イスラエルと交渉することは、彼らに入植地を拡大する時間を与えるだけです。彼らにとって交渉は時間稼ぎなのです。わたしたちはもう、これ以上話し合いを続けることはできない。イスラエルと交渉をしているアッバス議長を、パレスチナの人々は信用していません。交渉の目的は、イスラエルの占領を終わらせ、パレスチナ国家を持つことです。しかし、いまは交渉をすること自体が目的になって、何ももたらさない。これから、また、話し合いをしようと言われても、私たちは『ノー』です。いまのまま話し合っても、パレスチナで和平を信じ、穏健派でいるものの信用が損なわれるだけです。もし、国際社会に意思があれば、国連安保理決議を実施して、パレスチナ紛争を解決するための国際会議を開くことです。そこではっきりとイスラエルに告げるのです。入植地の建設をやめて、その解体に着手し、1967年の第3次中東戦争の前の段階まで撤退せよ、と求めるのです。それが解決策なのに、いくら話し合っても、そこにたどりつかないどころか、どんどん目的を達成することが困難になっていく。必要なのは、交渉することではなく、実施することなのです。実施するために、国際社会は国際部隊を派遣して、実施を監視すればいい。私たちは歓迎しますよ。なによりも、人々が占領が終わることを実感することが最も重要なことです」

(編集委員・川上泰徳)

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