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国々を超えた人類共有の財産を保護しようというのが世界遺産の枠組みだ。一方、実際に登録を申請するのは個々の国で、何を世界遺産にするかを決めるのは国々でつくる世界遺産委員会だ。意思決定過程に国際政治の力学が働くのは必然ともいえる。その二つの関係をどう考えるか。日本はこれからどうすればいいのか。筑波大学大学院の世界文化遺産学専攻教授で、元文化庁文化財調査官の稲葉信子さんに聞いた。(1月16日、都内で。聞き手・松田史朗)
――世界遺産条約の理念と国際政治との関わりについてどうご覧になっていますか。
稲葉 世界遺産条約には、「国際協力して保護するのにふさわしい遺産を世界遺産一覧に載せる」と書かれています。しかし、そのリストをどう作るか、ということは書かれていません。「締約国が提出する目録」(暫定リスト)にも基づいて選ぶ、というような記述はありますが、一方で「当該国の同意が必要」とも書いてあります。勝手に選べと書いてあるのに、当事国の同意を得ろという。実際には世界遺産委員会は、条約加盟国が提出する推薦書に基づいて審査しています。いわば、申請書がどんなに独善でも申請書から選んでいるということになります。

しかし、条約はリストの作り方について書いているわけではありません。美人コンテストみたいに世界遺産に載せることが趣旨ではないのですから、勘違いしている国があるとしたらそれは困ります。条約を改正できるユネスコ総会で、「世界遺産委員会のやり方は条約の本分に合っていない」と提起することもできます。
――「世界遺産」には、国際政治の思惑がどうしても入ります。
稲葉 私は国際法の専門家ではありませんが、政府が批准する国際条約で、全く各国政府の声が届かない外部機関に決定を任せているものがあるでしょうか。各国の主権の壁を越えることは難しく、それが国際条約の限界ではあります。世界遺産条約も決定機関は政府間委員会になっています。これは要するに、最後は政府間の合意で決めるということです。政府は自国を守らないといけないので、もし政府の意思を通すことができないのであれば、どの国も世界遺産条約を採択できなくなります。
――「石見銀山」の世界遺産登録に際して、近藤大使が委員国に働きかけたことに対する評価が国内、国外で色々分かれます。
稲葉 尊敬される大国の大使は自分の発言の重みを自覚しています。イギリスやアメリカを含めて、そうした国の大使は、発言が中立的、常識的であり、かつ国際的であることにとても配慮しながら、本国から言われている案件をどう滑り込ませるかについて苦心しています。
近藤大使もそのうちの一人です。まずはご自分が納得するところから始められるのだと思います。周りには、日本の大使が言っているんだぞ、という暗黙の強みはあるとしても、近藤大使は石見銀山の現地を見て、ここなら推せる、と判断したのでしょう。21カ国の代表は、日本の大使がゴリ押しの説明をしない国だ、というのはご存じだと思います。
――世界遺産と観光の関係が密接になったのはいつごろからでしょうか。
稲葉 1990年代半ば過ぎから、世界遺産の観光面のメリットが強調され始めました。それに伴って、各国で、地元政治家からの圧力が増えてきました。

以前は、その国の文化省や環境省の専門家が考え、「これは価値がある」という感じでした。地元からの推薦が増え、「特級」が一段落し、そうでないものが増えました。日本も法隆寺、京都や奈良の後、合掌造りの山村が入ったり、石見銀山など産業遺産が入ったりしました。では「特級」で打ち切りにするのかといえばそうもいきません。登録のハードルは高くなる一方で、登録される遺産の分野の幅も増えました。その結果、「文化遺産」と思われてこなかったものが文化遺産になるようになったのですが、逆に言えば、今まで見えなかった価値が見えてきたとも言えます。
――世界遺産は現在878あります。ユネスコは登録抑制の方針を打ち出し、世界遺産数の「上限論」も出るなか、なぜここまで増えたのでしょうか。
稲葉 92年に世界遺産の基準に「文化的景観」という概念を加えました。それは、世界のいわゆるマイノリティをすくい上げるためでした。
すると、大国からマイノリティが出てきたのです。マイノリティの国のマイノリティならいいですが、大国のマイノリティも出てきたわけです。それで申請の数はどんどん増えていきました。しかし、世界遺産委員会は「数を制限しろ」と言います。この制限と、マイノリティをすくい上げよという方針は矛盾しています。そういう状況で、(ユネスコの諮問機関である)イコモスは非常に苦労している。
――イコモスの判断もいつも正しいわけではない、という批判があります。
稲葉 イコモスにしてみれば、有名な文化遺産なら、研究書もあるのでその国からの申請書に頼らなくても評価ができるが、いま各国から推薦されているものは、そんなに文献がありません。たとえば、英語圏なら英語の文献はあるかもしれないが、日本や中国の遺産については、それほど文献がない。そうなると、頼るのはどうしても各国が提出した申請書になります。しかし申請書だけに頼るわけにもいきません。審査の客観性、公平性を確保するためイコモスは、その広いネットワークを生かして各分野の専門家に申請書を送付して意見を求めています。しかし実際のところ、文化遺産ほど評価が難しいものはありません。地域的なことも考慮しなくてはなりません。学者によっても、評価の見解は分かれます。文化遺産を比較して選ぶという難しい課題に、イコモスは苦労しながら答えようとしているのです。イコモスの審査過程は公開されていません。難しい判断をせまられるものの中には、外から見ると、イコモスがどうしてその遺産を○と判断したのか、あるいは×としたのか、疑問に思うものがあるかもしれません。しかしイコモス以外に、こうしたことができる専門家の団体が他にあるでしょうか。ですから、別の方法がみつかるまで、あるいは世界遺産の制度そのものの見直しが行われるまで、今はこの方法を続けていくしかないのです。
――石見銀山で、日本としては初めて、イコモスに〈登録延期〉とされました。近藤大使らの頑張りでなんとか世界遺産委員会の段階で逆転し、登録できましたが、平泉は逆転できませんでした。
稲葉 石見銀山の時は気の毒でした。
私もずっと日本の世界遺産の登録を見てきて、誰がその最初の例になるのだろうかと考えていました。イタリアもフランスも例外ではなく、世界遺産をたくさん持つ国はどこも、登録延期あるいは登録不可の勧告を受けた経験をもっています。しかし多くの国は、ロビイングはよほどのことがない限りしません。それで地元も収まっているようです。もしすべての遺産にロビイングが行われていたら委員会はそれだけで大変です。
しかし、日本はずっと問題なく登録してきたので、「いつこれが破綻(は・たん)するんだろう」と心配していました。地元の期待が高すぎるのか、完璧主義なのかわかりませんが、完璧ということはこの制度では常にあり得ません。
日本は今後申請するすべての遺産について、1回か2回は、(翌年以降の再審査の対象となる)〈情報照会〉や〈登録延期〉を覚悟しないといけないが、果たしてそれができるのかどうか。あるいは本当に完璧な申請書ができるまで待つのでしょうか。石見、平泉も〈登録延期〉と判断された。いま遺産候補を用意している自治体はある程度、そうなることを覚悟した方がいいです。
――日本は今後の「世界遺産」とどう付き合っていくべきでしょうか。
稲葉 今後、遺産の申請をめぐっては、世界遺産としてふさわしい遺産が選ばれるためにはどうすべきか、ということを国内的に議論すべきだと思います。日本のような大国は、自国の遺産を登録するだけでなく、世界遺産制度に貢献しなければなりません。世界遺産一覧表とは何のためにあり、どのように充実させていくべきか。そういうことをきちんと国内で論じるべきだと思います。数の上限問題とも関係があります。国の期待を背負わずに、どんなものを世界遺産にしたいか、すべきかという議論でもいいです。日本がアジアの一員としてアジアの遺産を充実させていくには、各国との連携の下で、アジアの中で体制をまず、整えるという議論でもいいと思います。
――世界遺産の登録に日本はあいかわらず、熱を上げています。
稲葉 日本も加熱しているが、いまは各国とも加熱しています。英国で最近、担当大臣が世界遺産のメリットをコンサルタントに調べてもらったところ、金銭面でのメリットはないという結論が出たといいます。まだ詳しくは調べていませんが、登録するためにかかるお金を、観光で入ってくるお金と比較したのかもしれません。
一方で、中国や日本は金銭面のメリットは大きいかもしれません。とくに中国は人口が突出して多く、国民に生活の余裕が出てきて観光を始めれば、その経済効果は大きいですから。
どの国も自国の遺産を世界遺産に載せたいと思っており、世界遺産の登録一覧表ばかりに集中します。
自然遺産は、世界遺産条約だけでなく、生物多様性条約、ラムサール条約、レッドデータブックなどいろいろな条約が関係し、保護のシステムが充実しています。一方、文化遺産には世界遺産条約しかなく、国際社会における仕組みをまだ整備していかなければなりません。
日本には「国宝」の指定があります。同じ考え方で、「アジア遺産」を作り、その上に「世界遺産」があってもいいと思います。そういうシステムを充実させることで、世界遺産への過度な関心は薄まるのではないでしょうか。