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インタビュー 世界遺産とのつき合い方

[第4回] 観光は両刃の剣。経済発展の反面、遺産の姿を変える危険も Part2

フランチェスコ・バンダリン ユネスコ世界遺産センター所長

――カンボジアのプレアビヒア寺院の登録の結果、タイとカンボジアの国境地域で軍同士が撃ち合い、死者が出ました。どう考えていますか。
バンダリン  非常に難しいケースです。タイとカンボジアの間で国境紛争があるわけですから。昔からの紛争です。フランス植民地時代に既に存在していた紛争です。しかし、1954年に国際司法裁判所の決断で、一応決定が出ていた。その決定とはこの寺院はカンボジアにある、ということでした。タイはこれを受け入れていたわけです。ですからこの寺院自体について問題があるわけではありません。問題はその寺院の周辺です。カンボジアが出してきた寺院の周辺地域の中にタイの領土が入っている、とタイ側は言っている。世界遺産委員会というのは国境策定をする権利を持っているわけではない。これは国連安全保障理事会、国連事務総長、そして国際司法裁判所が決めることです。世界遺産委員会は提案された遺産が世界遺産に当たるかどうかを決めるのが仕事です。そして、それをいかに保護するかについて、決定を下すということです。

――遺産の範囲を決めないなら、タイ、カンボジアが共同で登録する道もあったのではないですか。
バンダリン  不可能です。なぜなら、寺院自体はカンボジアにあるからです。

――世界遺産の登録の結果、紛争が激化したことになります。ユネスコの理念である「文化で平和を実現する」ことと、結果として矛盾すると言えませんか。

タイ・カンボジア国境近くにあるプレアビヒア寺院

バンダリン  これは初めてのことですが、世界遺産委員会はこの遺産の範囲を決めないで登録したのです。世界遺産条約を超えた決断を下したのです。世界遺産条約は保存のためにあるのだから、その領域が決まってなければ保全出来ないのですから、普通はこんなことはしない。世界遺産委員会としてはこの二つの国の利益を、両方とも尊重するためにこういう結論を出しました。かたや世界遺産というものに指定することによって保存ができる。ただ一方で、領域を定めないということで紛争を避けると。その紛争を避けるためのあらゆる協力がはらわれたと私は見ています。しかし、両国の内政問題と世界遺産委員会とは全く別です。国家の統治権、国境などの問題に触れない、ということは世界遺産条約にはっきりと書かれています。それに非常に注意しなければなりません。

守れなかった「アラビアオリックス保護区」

――中東・オマーンの「アラビアオリックス保護区」が07年、世界遺産史上、初めて削除されました。
バンダリン  うまく行きませんでした。非常にまずかった。世界遺産条約が出来てから最も寂しい、悲しい話でした。要するに、オマーンから「保護できない」という報告があったのに対して、我々は守ることが出来なかったのです。非常に難しい決定でした。これは委員会の委員全てが残念に思ったケースでした。二度とこういうことはあって欲しくないです。

――オマーンの方から世界遺産からの削除の申し出があった時に、保護区内で石油開発したいとの話もあったのか?

バンダリン  はい。アラビアオリックス保護区は2万5、6千平方キロメートルの地域です。一つの地域と言っていいほど広い砂漠地帯です。アラビアオリックスというカモシカが住んでいる。いきなり政令を出してオマーンのスルタンは全体の9割を保護区から外した。私は技術調査員をすぐ送り、現地の状況を調べさせた。しかし、もう既に政府はその方針を決めていたことが分かりました。それも石油開発のためです。

オマーン代表はこれだけ広い地域を保護するのは非常に困難だ、と言っていた。2007年に、委員会でオマーン代表が「削除してくれ」と提案した。しかし、「登録申請」は出来ても、「削除申請」というのは本来出来ない。各国が「削除」を求める規定がない。一方通行です。政府、一つの国からの削除要請は受けられない、という結論になった。委員会がどういう状況かということを調べた上で決めると。2時間の長い議論がありました。多くの委員が「ここの遺産をなんとかして保護すべきだ」と主張しました。そういう状況の中で、ある委員が秘密投票を求めた。そして、秘密投票が行われました。この投票によって「削除」という提案は一度は拒否されました。その後に委員会の委員国とオマーンとの間で長い討論が行われました。それでリストからの削除についての同意が得られ、委員会は「削除」を決めた。これは最悪のケース。「削除」は初めてでした。

「ブランド化」の光と影

――世界遺産登録が観光に恩恵をもたらし、ブランド化したため、多くの国々が一生懸命その称号の獲得競争をしている、という状況をどう見ていますか。
バンダリン  これは事実です。国際レベルの観光地ブランドがついた時点で人が寄って来るというわけです。もちろん多くの遺産は世界遺産に登録される前から多くの人が来ています。

フランチェスコ・バンダリン ユネスコ世界遺産センター所長

一つの例を挙げましょう。私はベネチア生まれですけれども、ユネスコの世界遺産登録によって観光客が増えたわけではありません。最初からたくさんいたのです。しかし、全ての遺産がベネチアのようではありませんので、登録されたことによって観光客が大幅に増えたケースもあります。我々にとって観光は両刃の剣です。一方では当該のコミュニティーにとって経済発展の大きな材料ですから、促進することは重要です。他方、実際の遺産そのものの姿が変わってしまうという危険があります。
中国の麗江の例があります。いわゆる観光の象徴になったために人々が集まってきた。どうしても見なきゃいけない所となりました。例えば、ヨーロッパに行くならベネチアに行かなきゃいけない、というのと同じです。
ベネチアには観光とか結婚式とかでたくさんの日本人の観光客が毎年来ている。中国人もそう。過度になれば、観光は世界遺産にとって破局的な状況を起こすこともあります。遺跡自体を物理的に傷めるだけではなく、そこにあるコミュニティー自体を壊してしまうのです。観光の発達で、他の伝統が失われてしまう。例えば、ベネチアの場合は昔あったようなパン屋もなくなり、伝統的な仕事もなくなり、皆がベネチアの仮面を売っているのです。
中国の麗江も同じだと思います。モン・サン・ミッシェル島だって似たようなものです。結局見た目、外見は守れても社会的な意味での本来のオーセンティシティー(真正性)がなくなってしまう。もちろん、我々は観光の発展によるマイナス面を十分承知していますから、その当該国の政府に対してそれを守るため、世界遺産を守るための措置を考えている。しかし、これは簡単ではない。我々は長期の視点に立って考えるが、観光客は「その時」、自分がそこへ行っている時のことしか考えないからです。

遺産の保全、組織強化が今後の課題

――世界遺産の理念と政治はなかなか調和しにくい。その点はどう考えていますか?
バンダリン  もちろん両方が一致することは重要ですけれども、前面に出すべきものは世界遺産の保全です。もしも遺産が保全されなかったら観光もなくなる。政治をやっている人たちが遺跡の保全ということを念頭におけなきゃいけないと私は言っています。もちろん経済発展は結構ですけれども、それは条件付きだということです。

――世界遺産の数が増えすぎてユネスコ側も保護・管理しきれないとの指摘がある。ユネスコの技術員も決して多くない。これについては?
バンダリン  その問題は十分意識している。遺産の数はどんどん増えていく、一方技術スタッフの数は前からあまり変わってない。確かに大きな問題です。スタッフは多少増やしたが、まだ足りない。世界の遺産の保全のために動いている組織を強化することが必要だ。地域の遺産の保全センターを作ることを今考えている。その人たちが保全のためフォーメーションを作り、モニタリングを行っていく、ということも進めています。奈良にあるユネスコ・アジア文化センター文化遺産保護協力事務所(奈良ACCU)といった文化研究所と協力関係を強化することもできる。これが我々の挑戦です。

――上限を定めた方がいいですか?
バンダリン  いいえ。今のところはそういう上限はありません。皆は「1000」という数を考えていますが(2012年に到達する筈です)、それを超えた時点で討論をすることになるでしょう。

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