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国々を超えた人類共有の財産を保護しようというのが世界遺産の枠組みだ。一方、実際に登録を申請するのは個々の国で、何を世界遺産にするかを決めるのは国々でつくる世界遺産委員会だ。意思決定過程に国際政治の力学が働くのは必然ともいえる。その二つの関係をどう考えるか。日本はこれからどうすればいいのか。国立西洋美術館長で東大名誉教授の青柳正規さんに聞いた。
(08年10月17日、国立西洋美術館館長室で。聞き手・松田史朗)
――「世界遺産」の理念と政治が綱引きしています。

青柳 米国のニクソンが自然遺産を入れろ、と強い働きかけをした時から、世界遺産が国際政治に翻弄されていく兆しは見えていました。当初、ユネスコは(文化遺産だけで)自然遺産を入れるつもりがなかったのですが、アメリカに歴史遺産が無く、ニクソンは強引に主張しました。当時、米国はユネスコの最大の分担金の負担国でした。ユネスコは、米国の影響を強く受けざるを得なかったのです。
80年代、ユネスコはかなりゆがんだ行政を行い、ユネスコの地位が落ちてきました。
90年頃から、ユネスコ立て直し期待の事業として期待が寄せられたのが世界遺産です。特に観光を重視する国が飛びつきました。その頃から世界遺産が大きくゆがみ始めたのです。本来、ユネスコは、危機に瀕している文化遺産、自然などを将来に継承する目的でやっていますが、90年代以降は、むしろ観光の目玉として使えるという認識が高まって各国からの申請が増え、遺産を守るより観光開発になってしまいました。
一方で、世界遺産が国際社会で注目され、プレステージを持ったブランドとなることでユネスコの衰退傾向を救うという皮肉な結果となったわけです。それでユネスコも本来の理念、目的をあまり強調することができなくなった。世界遺産の突出を抑えると、ユネスコの名前も抑えられることになります。
たとえ世界遺産を消さないとしても、本来の目的である危機に瀕している遺跡や自然というものを守るという方向に世界遺産のハンドルを切り直すと、現在より地味になる。つまり、ユネスコは本来の理念、理想を目的に世界遺産のハンドルを切り返せなくなっているのです。
――世界遺産の数は現在878。2012年には1000を超しそうです。
青柳 もともと欧州の石文化の基準で登録が始まり、スペイン、イタリア、フランス、ドイツは最初からかなりの数の世界遺産を確保しました。他の国は人口1万人あたりで比較して、「欧州の国にそんなに遺産があるなら、うちはもっと多くなくては」と主張しました。面積が広く、人口も多い後発の国々が推薦してくると認めざるを得なくなりました。それでもなお、欧州の国の遺産の数は突出しています。
まだ世界遺産の数が500~600の頃、「800が限度じゃないか」「これ以上増やすとブランド価値が落ちるんじゃないか」といわれたのですが、800半ばを超えた今もそれほどブランド価値は落ちていません。むしろ、相乗効果が生まれ、世界各地で以前よりも話題になっています。ユネスコの世界遺産関係の人も、もうそろそろ数を抑えようと言っていますが、内心はまだまだ行けると思っていると思います。
去年から、発展途上国は1年で2件ずつ申請できることにしました。対する先進国は1カ所です。しかし、途上国は2つも出せません。きっちり書類をまとめ、バッファゾーンも整備してもぜいぜい1かあるいはゼロ。それで余った枠をまた先進国に渡す。(世界遺産の)多いところはまた多くなり、少ないところはまた少なくなる。だから、まだ増え続けると思います。
こうなると余計に後戻りできなくなり、リストに挙げたものがどういう状況であるかをチェックしてリストから外す、外さないということが不可能になってきます。
数が多くなり過ぎて、ユネスコもコントロールできなくなり、世界遺産自体が一人歩きしています。
世界遺産になればどう保全するのか、緩衝地帯をどう設置するか、きちんと計画書を作るべきです。5年後、10年後、その通りかどうかチェックしないといけません。ところが、よほど目に見える破壊行為が加えられていれば別ですが、グレーゾーンの遺産できちんと報告書を出している所はほとんどありません。ドイルのドレスデン・エルベ渓谷も「川に橋をかける」という派手な話が出たため、ユネスコはこれ幸いと「遺産リストから外すぞ」と世界にアピールしていますが、あれもたまたま百罰一戒しているだけです。
――ユネスコがすべて管理できないということですか。
青柳 そうですね。(ユネスコの諮問機関)イコモスがチェックするのですが、イコモスのそれぞれの国の国内委員会が「自分の所の遺産の保存状況が酷い」「リストから外すべきだ」という具申をすることはできないと思う。では、国際イコモスの委員が世界中を調査に歩けるかといえばそれもできない。ユネスコの年間予算は約800億円で東北大学の予算規模とほぼ同じ。東京大学でも1500億円あります。
イタリア、フランス、スペインなどは、世界遺産というタイトルが無くても結構観光客が来ます。世界的な観光地としての価値が高い。日本でも「ようこそジャパン」をやっているが、結局、世界遺産に頼らざるを得ない。世界遺産になると海外から観光客も来ますが、石見銀山はおそらく90%以上が日本人観光客でしょう。日本の場合の世界遺産の特殊性はあくまで国内観光客を集める世界遺産ということで、非常に特殊です。ドコモが日本だけしか使えない規格で10年来たというのと同じです。しかも、日本の人口1.2億人は世界でも多い方です。いままで20万人しかいなかった観光客が世界遺産で50万人、100万人になったら、観光地はかなり潤います。その満足のためにやってしまうというわけです。そうなると、文化の多様性、遺跡を守るという世界共通の理念はさっさと忘れてしまう。ミシュランの格付けみたいない矮小化したものになってしまいます。
――まだ登録されていない価値ある遺産はありますか。
青柳 トルコやアルメニアはイスラム圏ですが、素晴らしい遺跡がある割に登録が抑えられています。宗教と関連して意図的に世界遺産登録が抑えられているといえるのは、インドのイスラム教、バングラデシュ、パキスタンのヒンズー教の遺跡など。
フランスがル・コルビュジエの建築した建物を世界遺産に推薦していますが、フランスは文化という切り口で国際社会でのプレゼンスを高めているわけです。
――今後、世界遺産をどう守るべきでしょうか。
青柳 各国ごとにリスクマップを作り、ユネスコも把握したうえで、危ない遺跡を守ろうと打ち出すのが大事です。イタリアは政府の力だけではなく、地域の「文化財友の会」が資料を作り、地域の文化財監督局で選り分けてデータバンクに納め、「自然環境はいいが、泥棒に遭う危険が高い」とか「水害に会う危険が高い」などと分類したリスクマップを30年かけて作ったのです。しかし、そういうマップの作成にユネスコが言及したことはありません。
世界遺産も初期の頃と、いまとでは社会状況が変わっています。リスクマップはリスクという尺度からA、B、Cの区別をし、たとえばAは重要で非常に危険というリスクの高いものにするとかして、世界中の監視の目をまずそこへ向けさせるというやり方をしないといけません。
――自国の遺産が「危機遺産」にされると反発する国もあるのではないですか。
青柳 本当に(保護を)やりたくなければ隠すでしょう。余裕のある先進国がランクをつけていくしかありません。隠蔽するのはおかしい、という国際的評価が定着するようにやるしかありません。