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映画クロスレビュー

『猫が教えてくれたこと』「同志たち」が行き交う街で

[第134回]

©2016 Nine Cats LLC

藤えりか記者によるジェイダ・トルン監督へのインタビューをGLOBE「シネマニア・リポート[#73]」に掲載

東京・新宿の猫カフェ「きゃりこ」でインタビューに答えるジェイダ・トルン監督=仙波理撮影


みどころ

イスタンブールは猫の街。ペットではなく野良猫とも言えない形で、たくさんの猫が人間の家や路上などを自由に行き交い暮らしている。彼らと同志のようにつき合い、助け、逆に助けられてもいる地元の人たちとの日常を、子どもの頃から猫に親しんだ監督が猫の目線でドキュメンタリーに仕立てた。猫の居場所が徐々に減っている危機感も背景に。米国で当初1館での上映だったのが130館に拡大して異例のヒットに。(2016年、トルコ、ジェイダ・トルン監督、全国順次公開中)




©2016 Nine Cats LLC

Review01 樋口尚文 評価:★★★(満点は★4つ)


重症愛好者への「診断書」


かつて『子猫物語』という大ヒット映画があった。その後も『猫が行方不明』『私は猫ストーカー』など洋画・邦画をまたいで記憶に残る作品が作られ、猫ブームと言われる近年は、あやかった企画もあまた見受けられる。なぜ人はそんなに猫に思い入れるのか。


インドでは牛の珍重ぶりに驚くが、イスタンブール市民の猫の扱いもそれに勝るとも劣らない。本作では街角の個性的な猫たちをとりあげて、彼らとともに暮らす多彩な人々に「猫とは?」の解を口々に語らせる。トルコの猫は帝国の栄枯盛衰を見つめてきたもので、犬のように人間を神とは思わず、神の代理人として感謝の念を抱いている……。そんな生真面目な見解を聞くに至って「いやそれはさすがに思い込みではないか」とちょっと笑ってしまうのだが、しかしその一方で、猫とは人をそういった思索に駆り立てる存在なのだなということを再確認するのであった。


猫は人間の友にはなれるが、犬のように人に近くはならない。あくまで人間が統御できない「自然物」としてのあり方を捨てることがない。だからこそ人は、たくまざる愛嬌(あいきょう)に満ちているのに、決して思い通りにはならない「自然物」との共存について思索することになる。証言者のひとりが言うように、そのことを経て人は失ったユーモアや生の喜びを回復する。人は、猫という「小さな自然」に鍛えられて、成長させられているわけだ。猫を飼い続ける重症愛好者の私には、あたかも診断書のごとき映画であった。



Higuchi Naofumi

1962年生まれ。映画批評家・監督。著書に「大島渚のすべて」「黒澤明の映画術」「実相寺昭雄 才気の伽藍」など。映画「インターミッション」を監督。



(次ページへ続く)

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