ブリランテ・メンドーサ監督へのインタビューをGLOBE「シネマニア・リポート[#56]」に掲載
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みどころ
マニラのスラム街でローサ(ジャクリン・ホセ)は夫ネストール(フリオ・ディアス)と雑貨店を営みながら、家計を支えるためひそかに麻薬を売っていた。ある夜、警官らに踏み込まれ、見逃す代わりに金を要求される。金が払えないローサはやむなく売人を密告する。売人の金を山分けし、なおもローサを脅す警官たち。ローサを助けるため子どもたちが金策に走る。ホセはカンヌ国際映画祭でフィリピン人初の主演女優賞を受賞。(2016年、フィリピン、ブリランテ・メンドーサ監督、全国順次公開中)
理不尽との闘い 胸に迫る
監督ブリランテ・メンドーサは、長編デビュー作『マニラ・デイドリーム』以来、社会の真相に迫る作品で、国際的にも注目される現代フィリピン映画を牽引してきた。『ローサは密告された』では主演のジャクリン・ホセがカンヌで主演女優賞に輝いている。授賞式では、ひとくせもふたくせもある審査員たちが満面の笑みで祝福する様が印象的だった。映画を目にしてみると、審査員団の手放しの応援に納得がいった。絶望的な現実にしぶとく活路を開くヒロインの生の底力に、あるいはそれを演技と見えない演技で体現するホセの一挙手一投足に引き込まれた。
ローサの生きる社会は理不尽さに満ちている。密告され、法外な保釈金を払えなければ自らも仲間を売るしかない。貧困と警察の腐敗が招く負のスパイラル。取調室で身を固くしていたローサが、いつの間にか汚職警官たちの弁当をつつき、仲間が流した床の血をふきとっている。生ぬるい罪悪感を蹴散らし生きる存在を監督メンドーサは裁かず、手持ちカメラの揺れの中にすくい取る。生きていくための方便に身を委ね、道理も曲げるヒロインの逞(たくま)しさがむしろ清々しさとして迫ってくる。
映画は賄賂を工面し終えて屋台の串揚げをほお張るローサの視界にすべりこむ。店じまいにいそしむとある一家。その背中に浮かぶささやかだが大事な何か。そこに自身の過去を重ね見るローサの胸を吹き抜ける懐かしい風が感知される。リアリズムが光る映画に、美しく詩が食い込んでいる。
Kawaguchi Atsuko
1955年生まれ。映画評論家。著書に『映画の森——その魅惑の鬱蒼に分け入って』、訳書に『ロバート・アルトマン わが映画、わが人生』などがある。