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映画クロスレビュー

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ハリウッドでリメイクも決まった『ありがとう、トニ・エルドマン』/風変わりな父と娘の交流

[第129回]

©Komplizen Film

6月24日(土)よりシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!

(公式サイトはこちらからどうぞ)




みどころ

離婚後、愛犬とドイツに暮らすピアノ教師ヴィンフリート(ペーター・ジモニシェック)は、悪ふざけが好きな変わり者。ルーマニアに赴任中の娘イネス(ザンドラ・ヒュラー)とは話もできない。愛犬が死に、娘の元を訪れるが、イネスは突然の父の登場にいらだつ。仕事に振り回される娘を案じたヴィンフリートはドイツに帰ったと見せかけ、架空の男トニ・エルドマンになりきって神出鬼没を重ねる。アカデミー外国語映画賞にノミネート。(2016年、独・オーストリア、マーレン・アデ監督、全国順次公開中)





Review01 大久保清朗 評価:★★★▲(満点は★4つ、▲は★半分)


身体が表す絶妙ないびつさ


『トニ・エルドマン』には、いびつさのおかしみとでもいうべきものが漂っている。それは、ジモニシェックが演じる老父の巨躯(きょく)からにじみ出るユーモアと、彼の娘で、企業人イネスを演じるヒュラーの痩身(そうしん)から醸し出されるシリアスさによるものだ。


世代間からくる価値観の相違ゆえ、ふたりはすれ違い、反発する。だが物語以上に、ふたりの俳優たちの身体が織りなすアンバランスさが絶妙である。父と娘の葛藤は、肉体と精神の葛藤ともいえる。


監督のアデの身体へのまなざしは繊細だが毒がある。重要なクライアントへのプレゼンの朝、イネスは突然訪れた父のために用意した折りたたみ式ベッドに、足の親指をしたたかぶつけてしまう。応急処置をするが失敗し、血で一張羅のブラウスを汚す。負傷した足の親指は、理性ではどうしようもない、人間の生といえるかもしれない。


だがイネスは、緩やかな時間のなかで徐々に父を受け入れていく。それは、自らの生をあるがままに肯定することでもある。イネスが父のピアノ伴奏で、ホイットニー・ヒューストンの歌を熱唱するシーンが大きな転換となっている。


その後、自分の誕生日に、イネスは驚くべき行動に出る。それはある意味で、それまでの一切のしがらみを脱ぎ去る行為であると同時に、ラディカルな身体の解放の試みであろう。彼女の父も、あっけにとられる扮装で娘の誕生日を祝福する。2人が抱擁する場面は、究極の生の賛歌である。



Okubo Kiyoaki

1978年生まれ。映画評論家。山形大人文学部准教授。専門は映画史(とくに成瀬巳喜男)。訳書に「不完全さの醍醐味 クロード・シャブロルとの対話」。



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