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映画クロスレビュー

アンジェイ・ワイダ監督の遺作『残像』 自由奪われた画家の闘い

[第128回]

©2016 Akson Studio Sp. z o.o, Telewizja Polska S.A, EC 1 – Łódz Miasto Kultury, Narodowy Instytut Audiowizualny, Festiwal Filmowy Camerimage-Fundacja Tumult All Rights Reserved.

(公式サイトはこちらからどうぞ)




みどころ

第2次世界大戦後、ソ連の影響下にあるポーランド。高名な前衛画家ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキ(ボグスワフ・リンダ)は大学で美術教育に打ち込んでいたが、スターリン主義や政府に従う大学に反発、職を追われる。学生の尽力でプロパガンダ看板を描く仕事にありつくが、支援した女子学生ハンナ(ゾフィア・ヴィフワチ)は逮捕。ストゥシェミンスキは追い詰められていく。昨年逝去したアンジェイ・ワイダ監督が実話を元に撮った遺作。(2016年、ポーランド、10日から全国順次公開)





Review01 一青窈 評価:★★★▲(満点は★4つ、▲は★半分)


信念貫く人生、体現


シリアの内戦で歴史的建造物が破壊されたのは記憶に新しい。戦争によって人々の尊い命もろとも、形あるものが消えたその後を、記念館や遺跡等で見る事はあるだろう。長い時間を経ても、胸はひどく痛む。生々しい写真には目眩(めまい)さえ覚える。私には戦争体験が無いので表現の自由を無理やり奪われたことがない。故に、政治的権力で活動を抑制された芸術家の苦悩は到底感じ得ることが出来ない。


主人公と同じく、パリでシュールレアリスム運動に参画した岡本太郎もまた、“闘う孤独者”だった。彼は言っている。「孤独であるってことは、全体であるということ。単独はそこから逃げちゃうこと。(中略)純粋とは逃げることじゃない。(中略)みんなと対決すること、挑むこと」だと。彼らにとって信念を曲げて絵を描くのは殺されるのと同義だった。


ここにマヤコフスキーの詩を引用したい。「聞いて下さい!/だれだって、/たとえ役立たずの人間だって、/生きなきゃなりません。/人間を/塹壕(ざんごう)やシェルターの墓場に/生き埋めにしてはいけません。/それじゃあまるで/殺しと同じでしょう!」


つらい状況下でも屈せず作品を生み続ける力は青春時代の葛藤や青い衝動にも似ている。生活、家族を犠牲にしても信念を貫くことは芸術家だけのわがままなのか、それとも運命(さだめ)なのか。いや、いま人間を生きているか、を彼らは体現して我々に問うているのだ。彼らの創作への真摯(しんし)な姿勢に背筋の伸びる思いがした。



Hitoto Yo

1976年生まれ。父は台湾人。2002年、シングル「もらい泣き」でデビュー。代表曲に「ハナミズキ」など。デビュー15周年の今年10月より全国ツアー。



(次ページへ続く)

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