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シネマニア・リポート Cinemania Report [#34] 藤えりか

中国マネーが支えた米国の人種問題映画~『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』


ハリウッドへの中国マネー流入は中国向け作品の増加につながる、とばかり思っている方は、この映画を見てみるといいかもしれない。南北戦争で貧しい白人と黒人をともに率いて南軍に立ち向かった知られざる歴史上の人物を描いた米映画『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』(原題:Free State of Jones)が4日から公開中だ。製作総指揮にあたったブルース・ナックバー(55)に、東京でインタビューした。




(C)2016 STX Financing, LLC. All Rights Reserved.


物語は1862年、激化する一方の南北戦争の最前線ではじまる。奴隷をもたない貧しい自作農ながら衛生兵として南軍に駆り出されたニュートン・ナイト(マシュー・マコノヒー)は、20人の黒人奴隷がいる農場主は兵役免除になったと聞き、「金持ちのために貧しい者が命を落とすのか」と憤る。戦場で銃弾に倒れた14歳のおいダニエル(ジェイコブ・ロフランド)のため脱走兵となって故郷ミシシッピ州ジョーンズ郡に戻るうち、作物や家財などを南軍に接収された貧しい白人農家や、追われる脱走奴隷モーゼス(マハーシャラ・アリ)、のちに内縁の妻となる黒人レイチェル(ググ・ンバータ・ロー)らと出会う。自由を求める黒人と白人をともに率いて立ち上がり、平等に暮らす「ジョーンズ自由州」の設立を独自に宣言。だが白人至上主義団体「クー・クラックス・クラン(KKK)」は黙っていなかったーー。


映画は並行して、ニュートンの曽孫デイヴィス・ナイト(ブライアン・リー・フランクリン)が1948年、一見すると白人ながら、レイチェルの黒人の血をひいているとあげつらわれ、ミシシッピ州が当時禁じた異人種間結婚にあたるとして裁かれたさまをも描く。つまり、19世紀においても20世紀になっても、同様の不当さが続いてきたことを映画は告発する。

(C)2016 STX Financing, LLC. All Rights Reserved.


製作総指揮のブルース・ナックバーがプロデューサーとして日本に2010年から住んでいると聞き、会いに行った。


米名門ピクサー・アニメーション・スタジオでヒット映画『モンスターズ・インク』(2001年)の製作に携わった一方、米テレビシリーズの『Dr.HOUSE』(2004~12年)などの製作を手がけてきたブルース。ある日、プロデューサー仲間のT.G.ヘリントンから「書きたい脚本がある。僕の大おじが南北戦争でともに戦った人物、ニュートン・ナイトについてだ」と連絡を受けた。


ニューヨーク出身のブルースには、まったく聞いたことがない名前だった。多くの米国人にもなお知られざる人物だというニュートン・ナイトについてT.G.から詳しく聞くにつれ、ブルースは「すごい映画になる」と感じた。「ニュートンは『なぜ金持ちの戦争を戦わなければならないのか?』『農場主のための戦争でなぜ死ななければならないのか?』と反旗を翻し、黒人奴隷たちと出会ううち、彼らへのひどい扱いや人種差別にめざめていった。人がどのように成長してゆくかを示す点で、『シンドラーのリスト』にも似ている」とブルースは語る。ドイツ人実業家の故オスカー・シンドラーは、作品賞などアカデミー賞7冠の『シンドラーのリスト』(1993年)でも描かれているように、当初はただユダヤ人を安価な労働力として雇っていたが、ナチスの非人道性を知るにつれ、妻の故エミリー・シンドラーとともに多くのユダヤ人を救ったとして知られる。

製作総指揮にあたったブルース・ナックバー=仙波理撮影


ブルースは言う。「僕はユダヤ系だ。そのイメージ通り、とてもリベラルな家庭に育った。僕は幸い偏見に遭うことなく生きてきたが、何年ものあいだ迫害を受けてきたユダヤ系としては、偏見についてとても神経をとがらせ、偏見から身を守れないでいる人たちを守りたいという気持ちがある。僕はそのことをいつも気にかけている」


映画製作に向けて走り出したものの、ニュートン・ナイトについて書かれた本は米国でも、「僕の知る限り、大学の講義で使われるような学術本しかなかった」とブルース。その限られた本の著者らにT.G.と会いにゆき、映画化への思いを熱く説いたという。「T.G.としては親族としての立場から、僕そして彼も社会的な観点から、これはすばらしく力強い物語になる、とね」


T.G.が草案を書いてはブルースに見せ、脚本を完成させんとしていたところ、映画監督ゲイリー・ロス(60)も映画化に興味をもっている、と伝わってきた。ゲイリーはアカデミー賞7部門ノミネートの『シービスケット』(2003年)の製作・監督・脚本を手がけ、のちにヒット映画『ハンガー・ゲーム』(2012年)も監督。古くは故・高倉健がトム・セレック(72)と共演した 『ミスター・ベースボール』(1992年)の脚本も共同で書いた。つまり、ブルースいわく、すでに「ハリウッドで影響力をもつ」監督だ。ゲイリーから「一緒にやろう」と力説され、ブルースは組むことにした。T.G.が何年もかけて書き進めた脚本は破棄することとなったが、ゲイリーの熱意も相当なものだった。ハーバード大学の客員研究員となり、同大のジョン・スタウファー教授のもとで脚本を書き上げ、『ハンガー・ゲーム2』(2013年)の監督を降板してまで今作を完成させた。映画に盛り込まれなかった詳細は、ゲイリーが立ち上げたウェブサイトで解説している。

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「これは心ではなく、頭に訴える映画だ」とブルースは言う。「歴史上の記述が詳細すぎる、と感じられるかもしれない。とても大事な歴史の授業を受けているようなもので、見終わって必ずしも幸福感や意気揚々とした感じに包まれるわけではない。映画は教えられるより感じたい、という人もいるだろうし、だから今作の批評は賛否ある。でも南北戦争や戦後の再建について、『こんな人たちが当時いたんだ』と感じ入ることができる。監督ゲイリーも、それを伝えたかったと思う」



そうしたなか、映画業界はDVD販売やインターネット配信の増加で構造変革を強いられ、2007年には全米脚本家組合による大規模ストライキが起きて混乱に陥る。「その影響で、ハリウッドではさまざまな契約がどんどん立ち消えとなった。『この状況では「ニュートン・ナイト」のような大人の映画の製作は難しくなる』なんてメディアに書かれたりしたよ」とブルースは笑って振り返る。


ストライキは収束したものの、若い世代はますます映画館へ足を運ばなくなった。スタジオ大手はコケるリスクを恐れて事前の市場調査に腐心し、ヒット作のリメイクや続編ものに一層資金を投じるように。「大人の映画」は資金繰りにますます苦労するようになった。今作の主役マシュー・マコノヒー(47)が『ダラス・バイヤーズ・クラブ』(2013年)でアカデミー主演男優賞をとって追い風となったが、さらに大きな助けとなったのが、中国マネーだ。

(C)2016 STX Financing, LLC. All Rights Reserved.


今作の米国での配給権を買ったのは米STXエンターテインメント。米スタジオ大手がアメコミヒーロー映画にリソースを注ぐなか、それに背を向けた「大人の映画」づくりを進めようと2014年、米投資会社や中国の「弘毅投資」などの出資で設立された新興の映画スタジオだ。製作には、そのSTXと提携した中国の映画製作・配給大手、華誼兄弟伝媒が加わった。ブルースいわく、「STXは中国マネーの支援を得ており、その額はとてつもない」。それでいて製作にあたり、何ら条件をつけられることもなかったという。実際、今作を観客として見る限り、中国マネーの影響は感じられない。


中国の映画市場が2012年に日本を抜いて北米に次ぐ世界2位の規模となったのと相前後して、ハリウッドは中国との関係を強めてきた。中国の映画業界はノウハウを吸収しようとして、潤沢な資本をハリウッドに投下してきた。STXは2016年8月、中国のIT大手テンセントや香港の通信大手PCCWからも出資を受けたと発表。また米メディアによると、STXは華誼兄弟とともに2016年から3年間で少なくとも18本の映画を共同製作する契約を結んでいる。さらに、中国の不動産・商業施設大手の万逹集団(ワンダ・グループ)は2016年1月、米大手映画製作会社レジェンダリー・エンターテインメントの買収を発表、傘下に納めた。中国マネーはいわば今後も、ハリウッド大手に対抗した「大人の映画」づくりを外から支えていくこととなる。


別の映画で中国と直接かかわったことがあるブルースは、こう分析する。「中国企業はSTXに投資し、『ニュートン・ナイト』にもかかわったことで、アカデミー賞受賞者ともつながった。中国の映画界は、批判精神やクリエーティビティが彼らにもあるのだと認められたがっている。そのためにも、欧米企業と提携する」

製作総指揮にあたったブルース・ナックバー=仙波理撮影


私はロサンゼルス支局に赴任していた2014年、ハリウッドと中国の蜜月関係について記事を書いたことがある。当時は、中国での上映を期した米スタジオが中国にマイナスとなる設定を変えたり、中国製品を脈絡なく作品に登場させたりするさまを目の当たりにし、「表現の自由を標榜する割に、中国マネーにたやすく屈してるハリウッドってなんなの」と失望しつつ取材した。だが今回改めて思うのは、もはや中国を利するとあからさまにわかる作品はさすがに観客にそっぽを向かれることを、中国の映画人も理解しているということだ。華誼兄弟の創業者で会長の王中磊(ワン・チョンレイ)は中国版ツイッター「微博」で2015年、中国政府肝いりの映画が優先される中国の興行状況を暗に批判し、米中で報じられた。中国の映画市場の伸びが以前ほどではなくなってきたなか、「中国マネー」をひとくくりに論じられないのは当然と言えば当然だ。


映画をめぐる米中関係といえば2012年2月、すでに中国国家主席に就任すると目されていた国家副主席・習近平(シー・チンピン)が訪米、ロサンゼルスで当時の米副大統領バイデン(74)と握手をかわし、ハリウッドの映画関係者と会談するさまを追ったことがある。これにより、中国での米映画の上映枠は20作品から34作品に増え、米国側が受けとる収益の割合も引き上げられ、ハリウッドはわいた。


この2国間の取り決めは5年後に再協議されることとなっており、その期限を今月、2017年2月に迎える。


トランプ米大統領(70)が新設した国家通商会議の委員長に就任したピーター・ナヴァロ(67)は経済学者として2011年、中国脅威論をうたった共著「Death by China(中国による死)」 を刊行。これに基づく長編ドキュメンタリー『Death by China』(2012年)も監督、ユーチューブで無料で見られるようにしたうえで、冒頭、「家族を守れ、メード・イン・チャイナを買うな」と呼びかけている。ナレーションは『地獄の黙示録』(1979年)にも出演した俳優マーティン・シーン(76)だ。トランプが米通商代表部(USTR)代表に指名したロバート・ライトハイザー(69)も対中強硬派として知られ、1980年代の日米貿易摩擦ではUSTR次席代表として強い姿勢で臨んだ。

(C)2016 STX Financing, LLC. All Rights Reserved.


こうした布陣のトランプ政権下、米中の映画ビジネスはどうなるだろう。


ブルースは言う。「影響はありうるだろう。中国は自分たちが敬意を払われていないと感じたら、したいようにするところがある。『我々がハリウッドを必要とする以上に、ハリウッドの方が中国を必要としている。我々には十分な映画市場がある』と言って、外国映画の輸入枠や課税に変更を加えるかもしれない。危険なことだ。米国はもはや、以前のような大国ではないのだから」





藤えりか(とう・えりか)

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。現在GLOBE記者。ツイッターは@erika_asahi


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