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シネマニア・リポート Cinemania Report [#33] 藤えりか

問われる「現在位置」~『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』


私たちの現在位置は――。そんな問いを突きつけるドキュメンタリー『海は燃えている~イタリア最南端の小さな島~』(原題:Fuocoammare)が11日、公開された。中東・アフリカからの難民や移民が押し寄せるイタリアのランペドゥーサ島の現実を切り取り、ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した。来日したジャンフランコ・ロージ監督(52)に、欧州の深刻な難民危機を踏まえてインタビューした。




© 21Unoproductions_Stemalentertainement_LesFilmsdIci_ArteFranceCinéma


地中海に浮かぶ伊シチリア州のランペドゥーサ島は、イタリア本土よりもチュニジアに近く、北アフリカに最も近接した欧州だ。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2016年に18万人以上が海を越えてイタリアへ渡り、うち29%がランペドゥーサ島をはじめとする沖合にたどり着いた。面積は鹿児島県与論島とほぼ同じ約20平方キロメートルで、人口はわずか約5500人。年間でその9~10倍もの難民・移民を受け止めていることになる。彼らが着の身着のままで飛び乗るすし詰めの船旅は過酷で、船底で油やガスまみれになったり、船自体が沈没したりして、大勢が命を落としてきた。ドキュメンタリーはそうした彼らの悲痛な状況や、救助にあたるイタリア海軍の沿岸警備隊、島の医師ピエトロ・バルトロの献身にカメラを向ける一方で、そんなことはまるで遠いニュースかのように暮らす島の漁師一家や少年サムエレらの日常を写し取る。


ロージ監督いわく、島は「戦争や飢えといった災難や悲劇から逃れようとする人たちにとって長らく欧州の玄関口で、自由をあらわす灯台のようなもの」。当初は10分の短編をつくる予定で島に入ったが、「こんな複雑な物語を10分では描ききれないと思った。そこで約1年半滞在し、ゆっくり時間をかけて、映画に登場する人たちと出会っていった」

ジャンフランコ・ロージ監督=仙波理撮影


最も重要な出会いは、医師バルトロだという。バルトロはサムエレの弱視の左目の治療にあたる一方で、「難民救援の最前線にずっといて、彼らと島の人々のふたつの世界をつなぐ人物であり続けてきた。小さい島ながら住民たちは、難民たちとは遭遇しない『もうひとつの世界』にいる」とロージ監督は言う。「ランペドゥーサ島について語られる際は常に、難民・移民の悲劇と関連づけられてきた。逆に、住民たちは忘れ去られているかのようだ。この島の知られざる側面を語り、従来の一面的な見方を変える必要を感じた」

© 21Unoproductions_Stemalentertainement_LesFilmsdIci_ArteFranceCinéma


「もうひとつの世界」の主役をサムエレとしたのは、「子どもは難民・移民問題に取り組む義務を負っていないからだ」とロージ監督。「フィクション映画なら、サムエレら子どもたちを難民や移民たちがいるセンターや、彼らがたどり着く港に連れて行って引き合わせただろう。だが彼らの日々の暮らしにおいて、そうしたことは起きていない。不自然なことを無理強いしたりはしなかった」


ロージ監督は補足した。「現実に生きる人たちを扱うドキュメンタリーにおいて、脚本を書いたりなどしない。物語につき従ってゆけば、ともかく現実が私の前で展開してゆくんだ」


ロージ監督は今作を完成後、島で上映した。すると「住民たちは驚いていた。ランペドゥーサ島が難民問題の中心となっていることすら知らない人がいたんだ」

© 21Unoproductions_Stemalentertainement_LesFilmsdIci_ArteFranceCinéma


小さな島で、なぜこうも互いに交わらず、いわば分断されているのか。リサーチも重ねたロージ監督は言う。「ある時期から、船でやって来た難民たちが島の手前の海上でいったん留め置かれるようになったためだ。彼らはたいてい真夜中に、海軍に素早く連れて行かれる。島で過ごす時間は実質わずかだ。以前は島の子どもがナイジェリアからの子どもとサッカーボールを蹴り合う光景を見ることもできたが、今は無理だろう。物理的に、遭遇はほぼなくなっている。住民たちの難民への認識は、テレビやラジオを通してしか知らない私たちとほとんど同じとなっている」


そうしてロージ監督はつけ加えた。「互いにふたつの世界が交わらないこの状況こそが、今の欧州を表すメタファー(隠喩)なのだ」

© 21Unoproductions_Stemalentertainement_LesFilmsdIci_ArteFranceCinéma


撮影にあたり、ロージ監督は難民救援にあたる海軍の船に40日間乗船した。「彼らは助けを求める声が聞こえればいつでも駆けつけ、助けていた。救助によって難民がどれだけ増えるかなど気にせず、ただ道徳的な責務として救いの手を差し伸べていた。海は時に波が高くなり、救助側にも危険を伴う。私は特に軍が好きというわけではないが、彼らの人道的な様子を目の当たりにして、とても感動した」。そのうえ海軍からは、「何を撮っているのか聞かれることも、映像を見せろと言われることも、公開前に承認を得るよう命じられることもなかった。政治的なダメージにつながりかねないリスクを想定して口を出すこともありえただろうに、ものすごく信頼してくれた」。それはすごい、と私も思う。


ロージ監督が出会った難民・移民たちの多くは「ほとんど何も持っていなかった。多くは靴もはいていなかった」という。中にはID(身分証明書)だけを大事にくるんで持っていた人もいて、それは映画でも映し出されている。「その多くはシリアからだった。水にぬれないよう、必死に。欧州で身を守るための唯一の証明だからね」とロージ監督は言う。


救助船で行動をともにするにつれ、ロージ監督もついに難民の死に直面する。「海上で命を落とす人たち、船底でガスを吸い込んで亡くなった人たち……。ナチス強制収容所のガス室はこのようなものだろうか、というありさまだった。私は船の指揮官に言われた。『この場面を映画に撮れ』と。 いかに過酷な状況か、世界に見せる義務を私は負っているのだと」

© 21Unoproductions_Stemalentertainement_LesFilmsdIci_ArteFranceCinéma


青年期をローマやイスタンブールで過ごし、ニューヨーク大学で映画を学んだロージ監督はイタリアと米国の両国籍をもつが、出身はアフリカ北東部エリトリアだ。13歳の頃、エチオピアからの独立を求めて勃発したエリトリア独立戦争から逃れるためイタリアへ移住した。ランペドゥーサ島にはエリトリアからの難民も押し寄せている。「私の過去はもちろん私の一部。だが私がアフリカ出身だという点は意識せずに撮った。これは全世界にとっての悲劇で、全世界が尽力すべき問題だからだ」


中東やアフリカから地中海を渡って欧州をめざす難民・移民たちは、民主化運動「アラブの春」などをきっかけに急増。シリアの内戦激化でさらに加速、対岸のイタリアやギリシャを中心に上陸が殺到している。彼らは欧米諸国の受け入れを望みながら、多くが立ち往生。このため欧州連合(EU)は2015年、難民16万人を加盟国で分担して受け入れることを決めた。だがハンガリーなど東欧諸国は強硬に反対。分担が進まない状況を鑑み、ドイツが率先して受け入れを決めたものの、メルケル首相(62)の寛容な難民政策への反発は足元でも広がっている。

ジャンフランコ・ロージ監督=仙波理撮影


ロージ監督は言う。「難民や移民が他の地域に行けずランペドゥーサ島に滞在し続けたら、おそらく危機的な状況となるだろう。いや、すでにそうなっている。ハンガリーやポーランドの受け入れ拒否は今後、大きな政治危機となっていくだろう。英国のEU離脱も難民問題には間違いなくマイナスで、きわめて危険な結果をもたらすと思う。私たちは、いま起きていることへの解が見いだせていない」


そんな政治的緊張をよそに、今作はベルリン国際映画祭で2016年2月に上映されるや喝采を浴び、最高賞の金熊賞を受賞。審査員長のメリル・ストリープ(67)は「緊急性のある、なくてはならない映画」と賛辞を送った。膨大な難民を擁しきれない窮状を訴えるきっかけにと思ったのか、当時のイタリア首相レンツィ(42)は他のEU加盟27カ国の首脳に今作のDVDを配ったという。欧州議会でも招待上映され、ロージ監督によると「この映画をめぐって議会でものすごく議論された」そうだ。


映画では冒頭、助けを求める難民に海軍が「現在位置は?」「位置をどうぞ」と呼びかける場面がある。「これも私にはメタファーだ。映画を見た人は、この悲劇に対して自分たちがどの位置にいるのか自問してほしい」







藤えりか(とう・えりか)

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。現在GLOBE記者。ツイッターは@erika_asahi


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