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「ふつうでない」を排する風潮、ドイツからの問題提起~『世界でいちばんのイチゴミルクのつくり方』

ⓒ Veit Helmer Film-produktion



シネマニア・リポート Cinemania Report [#32] 藤えりか



かわいらしい子ども映画かと思ったら、今の欧州からの問題提起がしっかり横たわっていた。11日公開のドイツ映画『世界でいちばんのイチゴミルクのつくり方』(原題: Quatsch und die Nasenbärbande)は、「ふつうでない」を排除する風潮に異議を唱える。来日したファイト・ヘルマー監督(48)に背景を聞いた。



ドイツのちょうど真ん中かつ欧州の中央に位置し、「ふつう」「平凡」を美徳とする架空の村「ボラースドルフ」が舞台。村が「欧州の典型で平均的」とみた消費者調査会社「銀色団」(GKF)は、市場調査のためのモニター村にしようと乗り込む。市長をはじめ大人たちは「新商品をいち早く手にできる」と喜んで協力。だが、「ふつう」とはほど遠いぶっ飛んだ高齢者たちや、欧州では珍しい南米生息の動物アカハナグマの「クアッチ」と独創的な遊びを繰り出す6人の子どもたち、リーケ(ノラ・ボーネル)、マックス(ジャスティン・ウィルケ)、レネ(シャーロット・ルービッヒ)、ポール(ピーター・ディヤン・ブダク)、スーゼ(ヘンリエッテ・クラトチウィル)、ベン(マティス・ミオ・ワイゼ)は「ふつうなんてサイテー」と反発。目ざわりとみなされた高齢者たちは老人ホームへ入れられ、アカハナグマも市長に「ふつうじゃない」と追い立てられる。6人はおじいちゃんやおばあちゃん、アカハナグマを守るため、「脱・ふつう」の村にしようと立ち上がるーー。

ⓒVeit Helmer Film-produktion


ボラースドルフという地区はドイツに実在するが、映画はその名を拝借しただけで、撮影場所も設定もまったくのフィクション。ただし、モデルがある。ドイツ南西部にあるハースロッホという自治体だ。欧州メディアやヘルマー監督によると、欧州の小さな街のいくつかは企業の市場調査の対象として選ばれ、ハースロッホはその一つとして知られる。街ではテスト商品が売られ、実際に発売するかどうかの指標として売れ行きが注視。企業が大々的に発売した際の万一の損失を防ぐためだ。リサーチしたヘルマー監督は言う。「ハースロッホは住民の年齢構成や人種、所得などあらゆる面で最も『平均的』で、小ドイツとでも言うような地域。住民たちは、街が『最も標準的なドイツ』だとして誇りに思っているそうだ」。報道によると、街のテレビには市場調査のための機器が組み込まれ、通常とは違うTVコマーシャルを見せられたりもしているという。「それを知った僕は、なんてこった、なんで彼らはこれに協力してるんだ?と思ったよ。ネットで航空券を買ったらフェイスブック上によく、同じ目的地の別の航空券の広告が出たりするじゃない? 僕はそれを怖いと思うけど、ハースロッホの人たちは、自分たちがどんな石けんをどれぐらい買ったかつまびらかにしていることになる」

ファイト・ヘルマー監督=仙波理撮影


村をモニターする「銀色団」には劇中、「GKF」というロゴがついている。ハースロッホで実際に市場調査をしているというドイツの消費者調査協会「GfK」をもじったものだ。ヘルマー監督はGfKに連絡をとり、「映画で名前を使っていいか」と尋ねたが、案の定というか、断られた。それでGKFって、ほとんど改変になっていないけれど。


「ふつう」に反旗をひるがえすキャラクターを子どもたちと高齢者にしたのは、「その世代が一番、お金やブランドよりも何が大切か、よくわかっているからだ」とヘルマー監督。「子どもは大きくなるにつれ、たとえばスマートフォンをほしがり、ブランドものに夢中になる。逆に、大人も祖父母の世代になると次第に、そんなことはどうでもいいのだと気づいてゆく」。そんな現実を反映させたのだという。

ⓒVeit Helmer Film-produktion


そのうえで、何より軸足を子どもたちに置いたのは、自身の幼い息子に「初めてみる実写映画としてよい経験をもたらしたい」と思ったためだ。


大人のファンタジー映画と言える『ツバル』(1999年)などで知られるヘルマー監督は子ども時代、スウェーデンの名作児童文学「長くつ下のピッピ」を原作とした映画や、故チャーリー・チャプリンの映画に親しみ育ったという。息子にもそうした「子どもも楽しめる美しい映画」を見せたいと思い、最近の作品から探したものの、アニメがほとんどで、実写はなかなか見当たらなかったという。そこで「よし、お父さんが作ってやるぞ」と当時4歳の息子に宣言、プロデューサー、共同脚本、監督として取り組んだ。「映画にどんなものを入れてほしい?」と息子に尋ねたら「消防車」「飛行機」「列車」「トラクター」「ボート」「クレーン」「清掃車」と、乗り物のおもちゃ好きとしての答えが矢継ぎ早に返ってきたという。その約束は、映画できちんと果たされている。

ファイト・ヘルマー監督=仙波理撮影


ドイツ映画『帰ってきたヒトラー』(2015年)でヒトラーと行動をともにするテレビマンを演じたファビアン・ブッシュ(41)がベンの父親役として出ているのも、似た動機だそうだ。彼と家族ぐるみでつき合っているというヘルマー監督が、「低予算映画の小さな役。でもおもしろいよ。出てくれるかな?」とオファーを出すと、「もちろん! 子どもに見せられる映画なら無償ででも出るよ」と言ったそうだ。「有名な俳優として暴力シーンをも含む映画に出演してきたファビアンにとって、自分の子どもにはまだ作品を見せられないのが悩み。だからすごく喜んでくれた。もちろん、ちゃんとギャラは払ったよ」とヘルマー監督。ちなみに、アカデミー外国語映画賞のハンガリー映画『サウルの息子』(2015年)でナチス親衛隊曹長を演じたクリスチャン・ハーティングも、銀色団のマネジャー役でひょっこり出演している。


子どもたちによる楽しいカーチェイスを劇中に入れたのは、ひとつには「息子が見たがった」ためではあるが、同時に、「子どもたちが何回も見る映画にしたかった。最初はただ楽しんでいただけなのが、より作品を理解するようになるにつれ、『平均的ってどういうこと?』『統計って何?』と大人たちに尋ねるようになればいい、と思っている。ぜひ、疑問の声を上げてほしいと思う」とヘルマー監督。そのメッセージは大人の観客向けでもある。「僕が大人たちに『こういう村、ドイツに存在すると思う?』と聞くと、およそ半分は『そんなのないよ』と答える。そんな時に僕は、ハースロッホについて話し始めるようにしているよ」

ⓒVeit Helmer Film-produktion

子どもたちは映画の終盤、街のインフラを徹底的に壊す。「大人にはものすごいダメージのように見えるけれど、破壊は新たな建設へ向かうプロセスのひとつ。次世代の子どもたちにとっては、より良いものをつくるための過程となる」とヘルマー監督は解説する。「映画を通して子どもたちに、大人だって間違いうるのだと伝えたい。子どもたちには、自分たち自身の力や才能を信じるようになってほしいんだ」


ヘルマー監督はさらに言う。「この映画を見た子どもたちには、新たな現代的な男女の役割分担をも学んでもらいたいと思った」。確かに、6人の中には怖がり屋の男の子がいる一方、女の子は冒険好きだったりするし、おばあちゃんの一人はメカに強いパワフルな発明家。「いわゆる『男の領域』と映るものは描かないようにした」そうだ。

ⓒVeit Helmer Film-produktion

主役の6人は、いずれも映画初出演。演技に慣れた子役俳優ではないだけに、やんちゃに動き回るさまはリアルだ。そしてアカハナグマのクアッチもまた、主役にカウントすべきではないかと思えるほど、重要な役回りとして活躍する。その名演ぶりに、精巧なコンピューターグラフィックス(CG)を使ったのかと当初思っていたら、本物のアカハナグマ2匹が代わる代わる出演したと聞いて驚いた。「『ふつう』には見当たらない、それでいてかわいらしい動物を出したい」とドイツ指折りの動物トレーナー、ニコール・ミュラーに相談し、エルヴィスとサニーという2匹を「紹介」されたという。



クアッチが劇中、市長に「ふつうじゃない」と捕獲・追放の対象となる場面は、欧州などで高まる難民・移民排斥論とも重なってみえる。そう水を向けると、ヘルマー監督は言った。「今回の映画はそうした雰囲気がぐっと強まる少し前に撮影したわけだけれど、今撮るなら、子どもたちのひとりはシリア難民とするね」

ファイト・ヘルマー監督=仙波理撮影


ドイツでも、難民受け入れに積極的なメルケル首相(62)への反発が広がっている。それでも「ドイツは紛争地から逃れようとする人たちを多く迎えている。他の国々も、もっとオープンであってほしい」とヘルマー監督は言う。「映画によって世界のすべての問題に答えを示すなんてできないけれど、脚本には僕の価値観や倫理、世界観が反映されている。意義をもって、子どもたちを力づけたいと思っている」





藤えりか(とう・えりか)

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。現在GLOBE記者。ツイッターは@erika_asahi


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