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世間を欺きながらの屋上住まいから見えたもの~『ホームレス ニューヨークと寝た男』

© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved



シネマニア・リポート Cinemania Report [#31] 藤えりか



夢を追った末なのか、格差社会への抗いか――。「世界一スタイリッシュなホームレス」と呼ばれた米国人マーク・レイ(57)を追ったドキュメンタリー『ホームレス ニューヨークと寝た男』(原題:Homme Less)は、見る人によっては反応も違うかもしれない。だが彼が、生きづらい今の世をある意味で体現した存在なのは確かだ。28日の公開を前に来日した彼に、東京でインタビューした。

マーク・レイはニューヨークの街角で女性たちのスナップ写真を撮っては雑誌に売り込むストリート・フォトグラファー(写真家)。ファッションショーなどでもカメラを構える。かつてはショーのランウェイも歩いた身長188センチの元モデルとして俳優のオーディションにも臨み、エキストラ出演を重ねる。夜は時々、少しいい店で食べたり飲んだりも。業界のパーティーにも顔を出して友人との会話を楽しみ、女性にも囲まれる。だが帰り着くのは、ビルの屋上。寝袋や作業用シートにくるまって寝て、ペットボトルをトイレ代わりにして暮らしてきた。ひげそりや歯磨きは公園のトイレで。バーで飲む際も、時にこっそり持ち込んだワインを空いたグラスに注いだりするのは秘密の「節約」だ。仕事に必須のカメラやパソコン、ブランド物のスーツやこざっぱりしたシャツなどは、会員契約を続けるジムのロッカーに預けている。そこでシャワーを浴び、ロッカールームでアイロンを使って服を整え、買ってきた惣菜を食べることも。いぶかる誰かに声をかけられると、ジョークでかわす。まるで世間をあざむくかのように2014年までホームレス状態を続けたマークを、このドキュメンタリーは活写している。クリント・イーストウッド監督(86)の息子カイル・イーストウッド(48)が書きおろしたジャズ楽曲が、マークの「虚構」に彩りを添える。

© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

マークは定期的に、子どもたちの貧困に取り組む慈善団体でボランティア活動もしているという。「僕に住む場所がないなんて誰も気づかなかったよ。一見、金のありそうな男に見えるからね。本当は何もないのに」とマークは言う。


俳優として人気テレビシリーズ『セックス・アンド・ザ・シティ』(1998~2004年)にも出演したことがあると聞き、シーズン1第5話を改めて見たら、サラ・ジェシカ・パーカー(51)演じる主役キャリー・ブラッドショーの友人の金持ちな恋人役として出ていた。最近では映画『メン・イン・ブラック3』(2012年)にも、米連邦捜査局(FBI)捜査官役としてちょっぴり登場。マーティン・スコセッシ監督(74)が手がけたシャネルの香水のドラマ仕立てのCMにも、おしゃれな風貌の記者役として1秒ほど画面に映っている。ちょい役が多いとはいえ、お金や地位のある役柄が大半なのは皮肉だが、彼が普段、敢えてそうした雰囲気を醸し出してきた表れだろう。

「世界一スタイリッシュなホームレス」と呼ばれた米国人マーク・レイ=仙波理撮影

なぜホームレスになったのでしょう? そう聞くと、 「お金がなかったからだよ」と身もふたもない答えを返しつつ、「ホームレスではなく、都会のキャンパーと自称している」と言い、屋上暮らしに踏み切った偶然のきっかけについて語り始めた。

2008年のことだ。南仏のリゾート地サントロペで写真家として仕事をしようとするもうまくいかず、「貯金に手をつけるはめに」なった。ニューヨークに戻り、英ファッション誌「デイズド&コンフューズド」(現「デイズド」)向けにNYコレクションで撮影、著名ファッションデザイナーのダイアン・フォン・ファステンバーグ(70)のNYコレクションの舞台裏を撮影する仕事も請け負ったりしていた。それでも当時は割安なホステルに泊まる少しの余裕はあったが、次第に資金がほぼ底を尽いた。そこへ米国の安宿名物とも言えるベッドバグ、いわゆるトコジラミにかまれる。トコジラミはいったん被害に遭うと、持ち物も含めた殺虫・殺菌に時間がかかる。「誰にも移さないよう、家族にも友人にもしばらく会いに行けない状態になった」。思案したマークは、「不在の時には部屋を使っていいよ」と友人からアパートのカギを渡されていたのを思い出した。そのカギを使ってビル内へ入り、屋上へ。「友人の部屋にこそ行かなかったけれど、友人が意図しない使い方をしたわけだから、罪悪感を感じたよ」


それでも当初は、トコジラミを一掃させるための短期滞在ぐらいのつもりだった。だが折悪しく、リーマンショックが起きる。仕事を得るのはますます難しくなり、街はホームレスとなった人たちであふれた。「そうして結局、屋上暮らしは6年にわたってしまった。欧州あたりでキャンプしてみたいと思ったことはあるけど、まさかニューヨークで野宿することになるとは思わなかったよ」

© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

屋上ではいつも、たとえば作業員に出くわさないかひやひやして過ごした。建物を出入りする際に住人とすれ違うと「やぁ!」と声をかけ、まるで自身も住人か訪問者であるかのように振る舞った。服装は常にパリッとさせていたうえ、「なるべく携帯電話を手にして歩くようにした。出くわした人に多くを話しかけられないよう、通話しているように見せかけたりね」。さすが役者というか。


真冬の極寒のニューヨークも、冬用の服を着込んで作業用シートにくるまって乗り切った。風が強まりがちな屋上は、地上で寝るよりも寒く感じたことだろう。だが平均して月1200ドル強(約13万6千円)のマークの収入では、税金や医療保険料、仕事に必要な携帯電話代や交際費、ジムの会費などを差し引くと、世界的にも高水準のニューヨークの賃料はまかなえなかったという。

© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

俳優をめざしてニューヨークに移り住んだ1995年から2003年までは、マンハッタンのチェルシー地区西部で賃料月175ドルのアパートに住んでいた。バスルームも台所もない十数平方メートルほどの小さなワンルームながら、「手ごろだったし、悪くなかった」。だが03年、賃料が300ドルと2倍近くに。かつては倉庫街だったチェルシー地区が、アートギャラリーのあふれる人気地区となったためだ。急な負担増を受け入れられなかったマークは、立ち退き料をもらって退去した。そのアパートも、今はない。その後もニューヨークの賃料水準が高騰を続けたのは周知の通りだ。

「昔はケータリングの仕事もしていた。それはお金になったけれど、非常にストレスがたまる仕事で、怒りを覚えることも多かった。屋上で暮らすことで自分を犠牲にし、代わりに自由を得た。家のために好きじゃない仕事をするのではなく、やりたい仕事に情熱を注ぐためのもう一つの暮らし方をした、ということなんだ」。ニューヨーク都心のマンハッタン住まいにこだわるのも、写真家や俳優としての仕事をあきらめたくないあまり、業界の人たちと会いやすい利便性を優先させたためでもある。ただ、マークがそんな風に何でもないことのように語る一方で、映画は彼の苦悩の表情や涙をも映し出していた。そりゃ本当は、泣きたくなるよね。

© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

一連の暮らしが映画になったのは10年、かつてのモデル仲間だったオーストリア人の友人トーマス・ヴィルテンゾーン(52)と再会したのがきっかけだ。屋上暮らしについてトーマスに打ち明けると、「それ、ドキュメンタリーにしようよ」と持ちかけられた。トーマスはそれまで長編を撮ったことがなかっただけに、「完成にこぎつけるかどうか7割ぐらい疑っていたし、誰かの目に触れることになろうとは思いもよらなかった。だって彼がそれ以前に撮った最長映像は約30秒のコマーシャル映像だからね」とマークは笑う。それが無事完成、14年のニューヨーク・ドキュメンタリー映画祭でメトロポリス・コンペティションの審査員賞を受賞し、世界各地で上映されることになったのだから、トーマスにとっても飛躍の作品だ。「金も経験もない2人の男の映画が世界中で称賛され、たくさんの手紙をもらった。想像もしなかったし、驚きだよ」とマークは言う。


カイル・イーストウッドが映画のサウンドトラックを手がけることになったのも思わぬ展開だった。「ハリウッドの大作をつくる父を持つ彼が、友人の紹介でトムの編集映像を見て、『全スコアを書かせてほしい』と言ってくれたんだ。この映画を信じてくれたということだね」

屋上暮らしは14年、カギが突如きかなくなってアパートの建物に入れなくなったことで終わりを告げた。撮影はキヤノンの小さな一眼レフカメラで進められたが、それでも撮っているうちに「家主が気づいたのかもしれない」とマーク。カギを借りていた友人からは怒られるかと覚悟したが、俳優である友人は苦労を察してか、「映画の成功を祈っているよ。見るのが楽しみだ」と言って理解を示してくれたそうだ。その後は、インテリアデザイナーをしている長年の友人の部屋の一部を格安で間借りし、ついに賃貸暮らしに。「冬に暖をとり、夏は涼しく過ごせるのは、やっぱり、ありがたいことだね」

© 2014 Schatzi Productions/Filmhaus Films. All rights reserved

賃料水準の高い世界の都市部では、「仕事はあってもホームレス」という人は多く、その数は増えていると報じられている。「ホームレスは、ドラッグや犯罪の問題を抱えている人たちばかりではない。ニューヨークはそれだけ、暮らすのが大変。この映画は、単に写真家で居続けたいがためにホームレスとなったおかしな男の話ではない。どんな人でも、仕事が減り、お金がなくなったらどうなるか?ということだ。私の状況に共感してくれる人も多いことと思う」。とある映画祭で上映した時、マークに会えるまで待ち続けていた20代の青年が、「僕にも同じような不安があります」と泣きながら自身の窮状を語ったそうだ。「彼の個別の問題にこたえることはできないけれど、『君はひとりじゃないよ』と僕は声をかけた。それがまた、助けになるかもしれないから」と、マークは自身を重ねるように言った。


そんな風に住む場所にも困った人たちの多くが、トランプ大統領就任を後押ししたわけですよねーー。そう言うと、マークは「その通り。僕はクリントンに投票したけど、多くの人たちは『トランプこそが助けてくれる』と思ったのだろう。でもオバマが実施した医療保険制度改革を撤廃したらどうなるか、っていうことだよ。トランプは『アメリカ・ファースト(米国第一主義)』を言うばかりで、ホームレス対策を口にしたことがあるだろうか。米国人は総じて、多くを知らずにいるんだと思う」

「世界一スタイリッシュなホームレス」と呼ばれた米国人マーク・レイ=仙波理撮影

マークの夢は「エキストラではない役で映画に出演し、いつか自分で映画を撮ること」だそうだ。目下、日本で俳優やモデルとして働こうと「就職活動」も進めている。そのための資金を、クラウドファンディングで2月10日深夜まで募集中だ。出資金に応じて、マークとのディナーや英会話レッスン、1日観光などがついてくるとのことで、目標額100万円に対し、1月31日時点で40万円以上が集まっている。





藤えりか(とう・えりか)

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。現在GLOBE記者。ツイッターは@erika_asahi


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