RSS

映画クロスレビュー

この記事をすすめる 編集部へのご意見ご感想

  
ソーシャルブックマーク
このエントリーをはてなブックマークに追加

シネマニア・リポート Cinemania Report [#24] 藤えりか

移民排斥の空気に負の歴史突きつけるデンマーク映画人の気概〜『ヒトラーの忘れもの』


非人道的だったのはナチスだけではなかった――。デンマークが戦後長らく、半ばふたをしてきた負の歴史に、軍の協力のもと向き合ったデンマーク・ドイツ映画『ヒトラーの忘れもの』(原題:Under sandet/英題:Land of Mine)が17日公開された。主演のローラン・ムラ(44)にスカイプでインタビューした。彼は、移民排斥の極右が台頭する今だからこそ、この映画を世に出す意義があると語った。




© 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF

 

舞台は1945年5月、ナチス・ドイツの降伏で5年間の占領から解放されたデンマーク。連合軍の上陸を阻むためドイツ軍がユトランド半島の西海岸に埋めた何百万もの地雷を除去するため、英国の指示でドイツ軍捕虜が駆り出された。ジュネーブ条約の下では、捕虜に対する残虐行為ともなりかねないが、ドイツと「交戦国」ではなかったデンマークには、条約が適用されなかったのだ。


除去現場の監督役となったデンマーク軍のカール・ラスムスン軍曹(ローラン・ムラ)のもとに送られたのは、地雷を扱った経験などほとんどない、あどけない10代の少年兵ばかり。ナチスを憎むラスムスンは当初こそ彼らに罵声を浴びせるが、食料もほとんど与えられないなか、砂浜にはいつくばって慣れぬ手つきで信管を抜いては暴発で命を落とすさまを目の当たりにし、良心の呵責(かしゃく)にさいなまれる。やがて、仲間を失いながら望郷の念に暮れる少年兵セバスチャン・シューマン(ルイス・ホフマン)らと心を通わせてゆく。

 

さまざまな戦争映画を見慣れている私でも、この題材はしんどすぎた。こんなに見続けるのがつらい作品は正直、近年、ない。

 

11月末、コペンハーゲンと東京とをつなぎ、ローラン・ムラにスカイプでインタビューした。この史実、知っていましたか? 「いや、まったく知らなかった。学校の歴史の授業でも教えないし、少年に除去させていたこと自体を否定する歴史学者もいたほどだ」。だが脚本も書いたマーティン・サントフリート監督(45)は、ユトランド半島の西海岸の教会をまわり、地雷処理で亡くなった少年兵の名前が記された本で確認しながら取材を重ねたという。「起きたのは疑いのないことだ」とムラは言う。

© 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF

 

この史実を題材にした映画自体、デンマークで「過去に例がない」という。「デンマークの戦争映画は、ナチスの占領に抵抗したレジスタンスについてのものばかり。多くはヒーロー的で、戦争がどのようなものか描いていない」とムラ。「ひとたび戦争が起きると、ヒーローなんていないし、誰も勝者にならないのに」

 

デンマークで戦後こんなことが起きていたとは、私自身、この映画で初めて知った。デンマークといえば、ドイツに占領されながら、ナチスが命じたユダヤ人の強制収容に抵抗、市民らも協力して彼らをスウェーデンに避難させたことで知られる。そのデンマークですら、という点に驚く。

 

そう言うと、ムラは語った。「ユダヤ人を助けたデンマーク人は、自分たちを(新約聖書に出てくる)『善きサマリア人』だと思いたがる。だからこそこの映画はデンマークや世界の歴史にとって、とてもとても大事な映画なんだ。戦争で何が起きたのか知るのは、とても重要なことだ」

© 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF

 

ムラによると、映画が各地で上映されるや、国内の一部の識者が「映画で描かれているのはウソだ。地雷処理で死んだ少年はいない」と反発したという。ムラはスカイプを通じて語気を強めた。「そんな人たちは、書物から顔を上げて、何が起きたのか生存者に聞いてみるといい」「歴史の教科書に新たな章として書き加えるべきだ。『善きサマリア人』だと思いたがるデンマーク人にとって、非常に大事な章となる」

 

状況は違えど、日本も同じだ。負の歴史の否定は世界中どこでも起きている、と痛感した。

 

役づくりに際してムラは、まさにラスムスン軍曹のモデルとも言うべき元軍曹に会った。ユトランド半島西海岸で実際に地雷除去の監督を請け負った当時について、じっくり話を聞いたという。

 

そうして演じきったうえで、ムラはラスムスン軍曹についてこう語る。「ドイツを憎み、復讐(ふくしゅう)したいと考えている彼だが、ドイツの少年兵と接するうち、彼らも人間だと気づいてゆく。つまり、ともに腰をおろして『敵』と語り合えば、違いよりも共通点を見いだすようになる。この映画は『人を殺してはいけない』と明確にうたう作品ではなく、それを行間からにじませようとしている。それを感じとってもらえれば」

 

ムラの祖父母は戦中世代。「彼らは『静かなる世代』と呼ばれている。昔はそれがなぜだかわからなかったけど、今なら理解できる。胸を張って言えないことがたくさんあったんだ。戦争は人間性の点で最悪のものをもたらす。僕らはそこから学ばなければならない。『目には目を』のメンタリティーは、人の判断力を狂わせる」


© 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF

 

ムラの祖母はドイツ出身。第2次大戦後、祖父がドイツで戦後復興に手を貸すなかで知り合ったという。「だから僕はドイツ語を話せる。それが今回の映画にも役立ったし、何より僕自身がこうした映画に出た。世界は不思議な形でつながっているよね」

 

ムラはもとはラッパーだった。俳優に転じてからは、今回が初めての主演となる。「実を言うと、僕が主役をやると聞いていくつかの出資者は資金を引き揚げた。でもサントフリート監督は『ムラがいい。彼がこの役に適している』と言ったんだ」。確かに、スカイプのビデオ通話で対面した彼は、さすが元ラッパーらしく冗舌で、長髪に長いヒゲ、両方の二の腕には大きなタトゥー。一見したところでは、「悲しみを内に秘めた鬼軍曹」とはほど遠いイメージだ。でも映画を見るとわかるが、実際の本人の見た目とは似ても似つかぬ、憤りと思いやりを同居させた迫力ある軍曹に仕上がっている。結果、ボディル賞(デンマーク映画批評家協会賞)の主演男優賞などを受賞。「監督が信じてくれたおかげだね」

 

それにしても、劇中のドイツ少年兵たちに漂う戸惑いや不安、恐怖はきわめてリアルで自然だ。それが痛いくらい伝わるだけに、私も見ていてつらすぎたのだと思う。「まさにそれが監督の狙いだ」とムラは声を強めた。「僕らは、いわゆる芝居がかったものを見せたくはなかった。役者というより、ほんとうの感情を出せる少年たちが必要だった。観客はだませない」。だからこそ、双子の兄弟兵を演じたエーミール・ベルトン&オスカー・ベルトンら、演技経験がほとんどない少年を多く出演させた。

© 2015 NORDISK FILM PRODUCTION A/S & AMUSEMENT PARK FILM GMBH & ZDF

 

それと裏腹というべきか、ムラは「カメラが回ってない時でも軍曹であり続けなければならなかったよ」と笑う。少年たちはついつい撮影の合間に騒いだりしがちだった。「そんな彼らを抑えなければならず、時にいら立った。だから、そのあと彼らを怒鳴るシーンの撮影があるとわかっている時は、その気持ちを保って怒りをぶつけたよ」。だからこその気迫か。

 

足元のデンマークでは、難民申請者の所持金や財産の一部を国が没収できる法案が今年可決され、移民排斥を訴える右派、デンマーク国民党(DPP)も躍進、移民や難民を取り巻く環境は厳しくなっている。「デンマークは人口550万人ほどの小国。もし難民が1000万人も押し寄せたら崩壊する。そんな風に、人々は恐怖を感じている」とムラは解説する。「だが問題だと感じ、解決したいのなら、理解しなければいけない。難民と腰を下ろして話を聞けば、彼らがなぜ国を逃れたかがわかる。恐れず受け入れて、と言いたい」

 

そのうえで、ムラは熱弁した。「こうした難民の扱いについて、僕はとっても恥ずかしく思っている。デンマークは『正義の国』だと自負しているだけに、『ここに来たければ我々と同化してね。そうでなければ出て行ってね』といった風になったり、砂に線を引いて『私たちはこっち、あなたはここに住んでね』となったりする。それが今僕らがやっている最もバカげたことだ。残念ながら、デンマークだけでなく世界中でも起きている。自分たちを特別視するのではなく、世界はひとつだという考えが必要だ」「結局、あの戦争から僕らは何も学んでいない。僕らの国も悪いことをしたという点について、語ってこなかったからだ。願わくばこの映画が、他者との向き合い方を変えるきっかけになればと思う。自分たちがされたいように他者を扱う、といったように」

 

右派ひいては極右が欧州はじめ世界で台頭するなか、表現の自由が損なわれゆく恐れはないのだろうか。するとムラはきっぱりと言った。「保証する。表現者たちの多くは極右の考えに反対だし、それぞれのやり方で静かに抵抗している。最近の映画にはたいてい、そのためのメッセージが埋め込まれている」

主演のローラン・ムラ(右)とマーティン・サントフリート監督 (c) yosuke ibe


ある意味、合点がいった。デンマークは今年、この映画をアカデミー賞外国語映画部門の自国代表として出品した。自国の汚点を描いた映画の出品を避ける国・地域も少なくないなか、少なくともデンマークの表現者たちはやはり「善きサマリア人」であろうとしているように見える。

 

そして、この記事を仕上げていたさなかの米国時間15日、米映画芸術科学アカデミーは、外国語映画部門のノミネーションに向けた予備選考でこの作品を9作品の1つに選んだ、と発表した。戦争がもたらす悲惨さを被害者の視点で訴えるのももちろん大事だが、占領された側にすら加害者性があった点にも言及する映画が最近は世界で増え、評価されていることを日本も認識する必要がある、と私は思う。

 

負の歴史を見つめようというのは映画界だけではないようだ。

 

ムラによると、撮影はまさに当時地雷処理がなされた西海岸で進めた。「一帯は今、デンマーク軍の基地。だから軍の許可を得る必要があった」。プロデューサーのミケール・クレスチャン・リークスへのオフィシャルインタビューによると、「軍はとても好意的にサポートしてくれた」そうだ。ムラは言う。「撮影の初日に何が起きたと思う? ほんものの地雷が見つかったんだよ! 軍はすぐ飛んできて、除去してくれたよ」。デンマーク軍がなぜ、過去のこととはいえ本来触れられたくない側面を描こうという映画に手厚く協力したのでしょう? そう聞くと、ムラは「彼らも変化しようとしているからだろう」と答えた。「デンマーク人は生来、とても友好的。だからこそ、(難民などへの取り扱いなどで)今のデンマークが外からよく思われていないことについて、彼らも心を痛めている。だから僕らを非常に支えてくれたのだと思う」

 

「世界はまだまだ紛争に満ち、どこでも隣国や隣人ともめている。この映画をみた世界の人たちは、これを我がことのように感じてもらえると思う。自分たちの負の歴史を見つめようとする人たちは、確かに増えている。自分たちが後世どのように記憶されたいか、考える必要が出てきているということだ」。ムラはインタビューをそう結んだ。






藤えりか(とう・えりか)

1970年生まれ。経済部や国際報道部などを経て2011~14年にロサンゼルス支局長、ラテンアメリカを含む大統領選から事件にIT、映画界まで取材。映画好きが高じて脚本を学んだことも。現在GLOBE記者。ツイッターは@erika_asahi


コラムへのご感想を募集しています。郵便番号、住所、氏名、年齢、職業、電話番号をお書き添えの上、下記のアドレスへメールへお寄せください。globe-voice★asahi.com (★記号を@記号に書き換えてください)






Facabookでのコメント

朝日新聞ご購読のお申し込みはこちら

世界のどこかで、日本の明日を考える 朝日新聞グローブとは?

Editor’s Note 編集長から