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映画クロスレビュー

[第89回]『アメリカン・スナイパー』

米軍史上最強の狙撃手の苦悩







みどころ

米海軍特殊部隊員クリス・カイル(ブラッドリー・クーパー)は抜群の狙撃の腕を見込まれ、イラク戦争で米兵の「敵」を狙撃する役目を担う。射殺数、計約160人。祖国で英雄視される一方、爆弾を抱え立ち向かわざるを得なかった子どもや女性にも銃口を向けた日々は心をむしばみ、幼子を抱え祖国で待つ妻も苦しむ。当事者らに取材し制作。(2014年、米、クリント・イーストウッド監督、21日から全国順次公開)




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[Review 01]大久保清朗 評価…★★★★(満点は★4つ)


平凡さが崩壊する瞬間


クリント・イーストウッドの映画では、しばしば平凡な人間が「死に神」の役を引きうける。『許されざる者』の老いた農夫は貧窮からやむなく賞金稼ぎに手をそめる。『ミリオンダラー・ベイビー』の老ボクシングトレーナーは全身不随になった女性ボクサーの生命維持装置をはずす。


『アメリカン・スナイパー』でも主人公の平凡さが強調されており、テキサスで生まれ育った自警意識の強いカウボーイ青年が海軍の特殊部隊に入隊する経緯が丁寧に描かれている。原作となった自著で彼は「ほかの人たちと変わらない」と述べている。これは生前から「伝説野郎」と呼ばれる一人の男の物語だが、映画は彼を礼賛も批判もしない。シリア出身の狙撃手との対決が一応のクライマックスだが、それすらも重要ではない。


主人公が、ロケット砲を拾い上げた少年に狙いをさだめながら少年に向かって「武器を捨てろ」とつぶやく緊迫した場面がある。重要なのは主人公の人間的な心理的葛藤ではおそらくないだろう。イーストウッドが執拗(しつよう)にとらえようとするのは、男の信じる平凡な日常が崩壊する瞬間だ。


市街戦のシーン、とりわけ砂嵐のなかでの銃撃戦は悽愴(せいそう)だ。だがそれにもまして、帰国後に彼が自宅に直行せず、夜中独りで酒場から妻に電話をかける場面が胸をうつ。それは彼がすでに平凡な日常を喪失してしまったこと、いやそんなものは初めから存在しなかったことを物語っている。



Okubo Kiyoaki

1978年生まれ。映画評論家。山形大人文学部准教授。専門は映画史(とくに成瀬巳喜男)。訳書に「不完全さの醍醐味 クロード・シャブロルとの対話」。



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