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映画クロスレビュー

[第36回]『思秋期』

何度も傷つき、最後に救いはあるのか

[ みどころ ]

妻に先立たれたジョセフ(ピーター・ミュラン=写真上右)は失業中で、飲んだくれる日々。酒に酔っては自分を抑えきれず、大暴れを繰り返す。ある日、いつものようにいざこざを起こしたジョセフは、ハンナ(オリヴィア・コールマン)と出会う。明るい彼女の存在はジョセフの心を癒やしていったが、彼女もまた闇を抱えていた。それはやがて、衝撃的な事件へと発展する――。俳優としても有名な監督の長編デビュー作。


(2011年、パディ・コンシダイン監督、英国、20日から全国順次公開)




[ Review 01 ] 樋口尚文 ★★★(満点は★四つ、▲は★半分)


映画の中ではどんな人物にだってお目にかかれそうなのに、「勝手にしやがれ」のセリフではないが、本当に「最低ね」と思う人物にはなかなか出会えない。もちろん「冷血」(1967年、リチャード・ブルックス監督)の昔から映画はサイコ・キラーには事欠かないし、最近の「アウトレイジ ビヨンド」(北野武監督)のように、ぞろぞろ出てくるようなアウトローを描いた映画もたくさんある。


だが、こういった作品の数々に出て来る「最低の男」は特異な犯罪者や特殊な裏社会の住人であるため、どこか「対岸の火事」を眺めて楽しむような気楽さがある。


しかし、イギリスはリーズのうらぶれた界隈(かいわい)に住む本作の主人公ジョセフは、あくまで普通に隣にいそうな「此岸(しがん)の人」であり、それゆえに本当に共感も何もできない「最低の人」である。失業手当で暮らす男やもめは、あまりにもキレやすく、酒にのまれ、暴力を制御できない。こんな加害者的な男の一方には、被害者的な意味で「最低ね」というほかない女性ハンナが存在する。


この最低づくしを凝視するコンシダイン監督は、負と負の人生が掛け合わさるところをずぶとく見つめ続けるのだが、その結果見いだされた、小さな奇跡の面白さよ! 昨今の映画には規格におさまった人物ばかりが登場するが、もっと多種多様な人生が描かれてよいはずだ。壊れた破片のごとき人生をそのままに描く本作は、そんなことを思い出させてくれる。



ひぐち なおふみ

1962年生まれ。映画批評家。主な著書に「大島渚のすべて」「黒澤明の映画術」「ロマンポルノと実録やくざ映画」「『砂の器』と『日本沈没』」など。


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