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私の海外サバイバル

[第129回]停電、断水、ネット不通ニモマケズ@ヤンゴン(ミャンマー)

杉本律子

太平エンジニアリング・藤の坊マネジャー

ON

ミャンマーの早朝。僧侶が托鉢している様子が日常的にみられる

ヤンゴンには2014年から、8歳と10歳の娘とともに駐在しています。ホテルレストラン事業も手がける設備・ビル管理会社「太平エンジニアリング」(本社・東京)がヤンゴンでオープンした日本人向けの中華レストランで、50人のミャンマー人スタッフを統括しています。コミュニケーションは主に英語。ミャンマー語も勉強し、日常会話はできるようになりましたが、スタッフの日本語上達の方が早く、助けられています。


「お客様に安心して召し上がっていただけるお店」を目指しています。ミャンマーと日本では衛生概念が異なる部分もあるので、厨房やフロアをいかに清潔に保ち、新鮮で農薬の少ない食材を使うかなど、日々の教育は欠かせません。

ヤンゴンの日本人学校に通う杉本さんの娘たち

でも、ここでの苦労は実は仕事面ばかりではなく、日々の生活にあります。それは、頻繁に起こる停電と断水、ネット環境の悪さという「三重苦」があるからです。1年を通して平均気温は35度前後で、暑い時は40度に達することも。停電は2~3週間に一度あり、5時間ほど続きます。真っ暗闇のなか、蚊が媒介するデング熱を避けるためには窓もうかうか開けられない。停電になれば,活動はあきらめて、寝ます。「睡眠時間が増えた」と思えばいいのです。断水になればシャワーもあきらめて、とにかく寝ます。ネットもつながればラッキーという感覚で。ホテルや高級コンドミニアムには自家発電設備が備わっているので問題は少ないようですが、一般のコンドミニアムに住んでいるので、発想を転換するしか方法はないのです。


海外に出て行く意欲が人一倍強い性格は、青森県八戸市で生まれ、田舎で過ごしたことが影響していると思います。青森からすれば、東京に行くのも海外に行くのも同じ感覚。せっかく青森を出たのだから、海外に行って何か吸収しようと思いました。1994~96年にホテル学校で学んだ後、上海へ。上海師範大学で4年間、観光や文化を学びました。卒業後3年間、イタリア・フィレンツェの免税店で働きました。中国もヨーロッパも経験したから、次は東南アジアだ、という気持ちでミャンマー行きを決めました。日本で待ってくれる夫とは、中継地点のバンコクなどで現地集合、現地解散をすることも。私の性格をよく分かっているから応援してくれています。




Sugimoto Ritsuko

すぎもと・りつこ/1975年、青森県生まれ。上海留学、イタリア免税店勤務などを経て2014年からレストラン「藤の坊」のマネジャー。



(次ページへ続く)

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