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愛犬と共に創作@パリ(フランス)

私の海外サバイバル 更新日: 公開日:
自宅兼アトリエ。右にいるのが愛犬キス

矢代夕稀  

アーティスト

ON

パリは話しかけられることがとても多い街です。アーティストは画廊の人や文化人たちとの出会いや交流がとても大切なので、語学が欠かせません。

でも、アーティストを目指して25歳でパリに移り住んだ当初、私はフランス語があまりできませんでした。

1週間たったときでした。セーヌ川沿いをひとり散歩していたら、ペットショップでコッカースパニエルを見つけ、思わず、一目惚れしてしまいました。愛犬キスとのパリ暮らしの始まりです。
語学学校に通いながら、自宅でひとり創作に没頭する日々。キスに話しかけるのは日本語でした。
そうした中、最初に手がけたのは動物の木版画でした。

彫刻刀で動物の毛を一本一本彫っていく、単調で孤独な作業。最後の一本まで緊張を保てるだろうか? いつかやっつけ仕事にならないか?

「キッシング・アニマル」

そんな不安を抱えていた時、そばにいたのがキスでした。たどり着いたのが「キッシング・アニマル」シリーズ(右)です。

ゾウやライオン、キリンといった大きな動物を、キスが愛情を込めてパクッとくわえている絵です。この作品は私に勇気を与えてくれました。

   ◇

ほどなく、行きつけのカフェができました。

私の住むパリ11区は、レストランやバーが集まる街。俳優や音楽家ら文化人がたくさん住んでいます。みんなカフェの常連。キスを連れて行くと、話しかけられることが増えます。

ある昼下がり、お気に入りの30番テーブルに二人のおじいさんが座っていました。お店の人に「写真をとらせてもらっていい?」と尋ねたら、「常連だよ。若い子、大好きだから、大丈夫」って。それを描いたのが「30番テーブル」(下)です。太陽の光が「ココだよ」と指さすかのように、そこは照らし出されていました。二人の人生が30番テーブルとともに一瞬に解き放たれるかのようでした。

「30番テーブル」

パリへ移り、もうすぐ10年。フランス語はできるようになりましたが、キスに話しかけるのは今も日本語です。

最近は抽象画に挑戦しています。幼稚園の時、クレヨンを虹色に塗った上から真っ黒に塗りつぶし、割り箸で引っかいたことがありました。どんな色が出てくるか、そんなドキドキをいつも無意識に探しているのかもしれません。

「3羽の鳥」(下)は見つかりますか?

「3羽の鳥」

OFF

散歩コースの大通り。この近くの劇場や飲食店が同時テロの現場となった

日が陰ると、色目がわからなくなるので創作をやめ、散歩へ行きます。

私の住む界隈で多くの人が犠牲になった同時テロが起きたのは、昨年11月でした。

その夜は風邪気味で、いつもより早く散歩から帰り、ミシンをしていました。ものすごい爆竹のような音が聞こえてきて、尋常じゃないと思いました。友人からの電話で、自宅から徒歩5分にあるバタクラン劇場で大変なテロが起きている最中だと知りました。

私の散歩コースです。友人たちからかかってくる電話に「大丈夫だよ」と答え、ミシンでクッションカバーを縫い続けました。

こんなに近くにいるのに。今、私にできるのは、心配してくれる人たちからの連絡に無事だと答えること。

街は緊張し、悲しみに暮れていました。

私にできることは、絵を描くこと。でも、それだけ?

私は「手当て」という言葉が大好きです。人の手は誰かを傷つけることもできるし、癒やすこともできる。

キスをもっとなでてあげよう。たくさんの愛情と一緒に、なでよう。

植物だってそう。私の部屋には58鉢の植物があります。常に生きるものへ愛情を持って過ごすことが出来れば。

毎日をそういうふうに生きれば、生活のリズムが絵にも表れてくると思うのです。

(構成 GLOBE記者 鮫島浩)

パリ

年間3000万人の観光客が訪れるフランスの首都。「古都」「花の都」「芸術の都」など枕詞は数多ある。130人が犠牲になった昨年11月の同時テロで観光客は激減し、移民や格差の問題で揺れている。

Yuki Yashiro

1983年、大阪生まれ。京都造形芸術大学卒業後、2008年にパリに移り、創作活動を続ける。ルーブル美術館「カルーセル・ド・ルーブル展」12年 銅賞。14年 銀賞。Société Nationale des Beaux-Arts会員。