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Breakthrough 突破する力 気仙沼ニッティング社長 御手洗瑞子が漁師のセーターをブランドに 「ブータンから気仙沼へ」

店舗の窓からは復興が進む気仙沼の港が見下ろせる。そんなところにも御手洗の思いがこもっている=宮城県気仙沼市 photo : Semba Satoru


デンフタから東大、マッキンゼーへ


生まれも育ちも東京。高校まで皇太子妃の出身校として知られる田園調布雙葉学園で学んだ。東京大学に入り、世界的コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーに就職した。


きらびやかな経歴のお嬢様がなぜ、ひとり東北の漁師町に? そんな質問をすれば、御手洗に、紋切り型の記事しか書けない記者だと見透かされそうだ。働く場所や肩書は、あまり問題ではない。心の奥にあるのは、子どもの時に聞いた母親の言葉だ。


小学6年の時のこと。学校で先生に「将来は何になりたいのか」と聞かれ、答えられなかった。家に帰って言うと、母親の照子はこう諭した。「何になりたいかより、どう生きたいかでしょう」


両親は好奇心の強い娘を、小学5年の時にポルトガルで開かれた国際キャンプに送り出した。世界十数カ国の同世代と1カ月を過ごした。「夏休み明けに学校の教室に戻ると、世界がすごく小さく、身近なものに感じた」。それまで、ただ地図上の固有名詞だった国や地域で、友だちが日常生活を送っている……。「その感覚はいまも覚えています」


学生時代には、途上国の農村リーダーを育てる学校でボランティアとして一緒に畑仕事にも励み、国際協力の分野に進むつもりだった。マッキンゼーを選んだのは「大きな仕事をするための力をつけたい。そのために、ビジネスの世界を知った方がいい」という気持ちからだ。



(次ページへ続く)

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